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「ところで、話は変わるのだが……この近くに闇の国の連中がいるって聞いたんだが、それは事実か?」
善大王はフィアから聞いたことを冗談と一蹴せず、一応の確認を入れた。
「……どうでしょう。少なくとも、周囲で被害が出ている街などはありませんが」
「何か気掛かりでもあるのか?」
「いえ、我々も自分の領地を守るのが精一杯で、あまりよそに目を向けていないんですよ。ですが、闇の国が攻めてきたとあれば、噂は届くはず」
「ま、そりゃこんな時期に巡回なんてしていられないよな」
理屈から考えれば、アリトには怠惰な要素はまったくなく、むしろ堂々といないと断言してもおかしくない部分だった。
しかし、彼はそうしなかった。真面目で、注意深いといえば分からなくもない性質だが、それにしては敏感すぎる印象を与えている。
「(思い当たる節がある……ってことかもな。信頼しないわけじゃないが、実際に見に行ったほうがいいかもしれない)」
彼はかぶりを振ると、若き隊長の顔を見つめた。
「ところで、だ」
「……はい」
「今日の宿、この城を使わせてもらってもいいだろうか?」
「……」
「おっ、いいねー」
ワガママな姫は中身の軽い頭で、善大王の如く軽口を叩いていた。
「もちろんですよ。善大王様ほどのお方を軽く扱っては、カーディナルの名折れです」
「やったー!」
「うむ、感謝する」
もとよりアリトに警戒をしていないフィアは、それこそ組織と疑っていた事実さえ忘れているかのように、無邪気に喜んでいた。
善大王はというと──未だ完全には信じておらず、誰も見透かせぬ心の奥底に疑心を潜ませ、表層ではいつもどおりの軽い調子を保っていた。
善は急げと案内された二人は、光の国とは比べ物にならない豪勢な部屋に足を踏み入れた。
飾られている美術品は全盛期の水の国で作られたものと思われ、野蛮な印象の付きまとう火の国とは思えない──それこそ美術館の一角のような装いとなっていた。
もちろん、生活環境としても優れており、衣食住の機能が十二分に備え付けられている。外見を重んじる貴族と、合理を追求する商人の性質が合わせられたような部屋だ。
「何か御用があれば、気軽にどうぞ」
「おう、悪いな」
決まり文句を残して去っていくアリトに、フィアはお辞儀をしていた。どうにも、コアルという共通点が存在するからか、想像以上の愛着を抱いたらしい。
「果物もパンもあるよ!」
「手の早いことで」
彼の言葉の意味が分からなかったのか、考える時間を稼ぐようにりんごを齧り始めた。
「……手際がいいってこと?」
「そうだな。客の対応もきっと慣れているんだろう……それと、手が早いのはお前のことも言っているんだが?」
「もご……」
咄嗟に食すのを止め、ごくりと飲み込んだ。
「まったく、一応は調査で来てるんだぞ? それに毒でも入ってたらどうする」
「え……」
「いや、そんなことはないだろうから安心しろ。ってか青ざめすぎだろ」
毒のりんご、というのはあまりにも不吉な並びだったらしく、事実以上の恐れを抱いてしまったようだ。
「確認したいんだけど、ライトはアリトさんのことは信じてるんだよね?」
「ああ、知り合いと似ているというのは、どうにも判断能力を鈍らせる」
「……難しく考えなくていいんじゃない? コアルさんがいい人っていうくらいだし、きっといい人だよ、うん」
あまりに考えなしな発言──しかも胸を張っている──に、彼は理論などを越え、ただ単純に彼女を愛らしく思った。
「ばーか。フィアはシンプルすぎるんだよ」
「だめかな?」
「いや、悪くない」
頬を紅潮させる少女を見ながらも、彼はすぐさま状況の分析を開始した。ついでに、説明を倍増させないよう、話しながらそれを行うことを決めたようだ。
「──アリトの話に戻るんだが、あいつは俺の知り合いに似ているんだ」
「うん。さっき聞いたよ?」
「だが、そいつはかなりの──それこそ、俺が引くレベルの信者だったんだよ。神の為に奉仕することが生き甲斐みたいな……まぁトンデモなやつだった」
「教会の人?」
「そっち関係の貴族だったらしいが、信徒側だったことは間違いないな」




