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──火の国、カーディナル官邸内にて……。
外門まで迎えなかったことをよほど気にしていたのか、《盟友》の隊長であるアリトは官邸の門の前で善大王達を出迎えた。
隊長、という言い方は奇妙かもしれないが、彼はまだ領主にはなっていないのだ。その上、現当主のウォウルの気質──まだ退く気がない、というしぶとさ──が強い為、次期領主という呼称は避けられているのだ。
事実、最初の接触時には「カーディナル私兵団、《盟友》の隊長を務めています、アリトです」と、本人も立場を私兵団の長に設定していた。
「(商人の親から戦士の子、か。珍しいことでもないけどな)」
まるで見覚えのある相関図だと感じた善大王だが、その見覚えのある親子関係が果たして誰だったのだろうか、と明後日の方向に思考を巡らせていた。
「あの高速馬車はフレイア王家のもの……このカーディナルにおいでになられたのは、フレイア王からの勧めですか?」
「いや……だが、個人的に来たら困るか?」
「いえいえ、善大王様ほどの方がいらっしゃったということは、カーディナルの誉れですよ」
口調こそは形式だったものだが、彼の人間性が表れた話し方、態度からはまさしく好青年といった感触が伝わってきた。
「(いい人そう?)」
「(まぁ、最初からそうじゃないかと思っていたが……こりゃ本物だな)」
狡賢い者や、他人を思いやらない者が大成するように、世界というものはできている。相手を蹴落としてでも座ろうとする者と、譲ってもいいという者が椅子取りをすれば、その勝敗が明白であるのと同じだ。
だが、ごく稀に優しさと強さを両立する者というのが出現する。富豪にもかかわらず利益に繋がらない施しを行う者や、高い実力を持ちながらも名声以上に人を救うことを優先する人間など。
こうした類の人間は、得てして人間らしくなく、であっても人から好かれる傾向がある。同じく、人らしさの欠落したスケープなどとは正反対の結果になったりするのだから、人間というのはおもしろい。
閑話休題、このアリトという好青年が紛れもなく、そちらの側の人間であるということを二人は再確認した。
「(こんな人が悪いことをするかな?)」
「(いやー……どうだろうな。ミネアの手前、面識のない奴をこき下ろしておいたが、少し申し訳ない気持ちになってきた)」
ミネアが私怨だと自覚したことも相成り、善大王は自身の考えを改めようかどうかを迷いはじめていた。
「……善大王様は、フレイアに滞在なさっていたのですよね?」
「んーまぁ、一応な」
余りに短い時間であった為か、滞在というのは少々大仰な感があった。
「コアル様は──姫様は、ご健在でしたか?」
「コアル……ん、そういえば会わなかったな。王宮にいなかったから、てっきりヴェルギンの家にでも来てるのかと思ってたが、そっちにもいなかったしな」
相手が少女ではないから疎かにした──というわけではなかった。
仮にも処刑回避──あれから既に三年だろうか──に尽力してくれた相手ではある為、久しい来訪に合わせて挨拶に向かうつもりではあったのだ。
フィアの希望も相成り、これは既定の路線にはなっていたが、彼が口にした通りに遭遇するには至っていない。
「……そう、ですか」
「(なんか露骨に残念そうにしたな)」
「(……)」
「(どうした、フィア? 空っぽの頭で何かを考えているような顔して)」
「(ライト、ちゃっかり私もこき下ろさないでよ──あのね、この人って、もしかしてコアルさんの恋人なんじゃないかな?)」
「まっさかー」
「は?」
唐突に話し出した善大王に驚いたのか、アリトは困惑した様子で彼の顔をのぞき込んだ。
「(ライトもやらかしたー)」
「いやなぁ、こいつがコアル──姫さんと知り合いなんだがね。そんで、あんたがコアル姫の恋人なんじゃないかーって言ったわけだから……」
「はい、その通りです」
「(おっと、こりゃ意外)」
「(やっぱりね)」
彼は口を滑らせたのではなく、単純に冗談話とする気だったからこそ口にした……ということを彼女が理解しているかはともかく、本命の読み自体はきっちりと的中させていた。
「そういう……関係だったのか」
「はい」
好青年風が堂々とのろけて──ただ答えているだけとも言えるが──みせたからか、善大王は引き気味に頷いた。
「ねぇねぇっ! キスしたの? ちゅーって」
目を閉じ、キスをする仕草をしてみせたフィアに対し、彼女の保護者は呆れていた。
「(毎度毎度の色惚けは通用しないってこと──)」
「しました。いっぱいしました」
「(おいおい、マジかよ……ってかなんでノロケ話をこんな堂々と言ってんだよ)」
「おぉーっ! すごーい!」
この空間に満ちる四つの温度は、すべてがすべて異なっていた。
善大王はというと、引くを通り越して困惑に移行し始め、冷え切っている。
フィアは自分好み──その上、知っている人物の恋人──の話とあって、熱したポットほどに加熱している。
アリトとはいうと……ひたすらに真面目だった。
「姫様とは幼い頃よりお付き合いさせていただいていましたが、キスをできるようになったのは、ここ二、三年のことです。それからはキス三昧です、会う度に少なくとも一回はします」
挨拶のように少女と寝る男は、「おいおい……もうそのくらいにしておけ」とでも言いたげに頭を抱えていた。
「アツアツのカップルだあ!」
「はい、最高潮です」




