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──天の国、ビフレスト城にて……。
「(まさか、ここに来てしまうとはな……宰相が如何に手を回していたか、想像するに難くない)」
戦いの影響を全く受けていない、完全無欠な城を一別し、ダーインは歩みを進めた。
天の国は属性の面からして、選ばれた人種の集う国である。故に、誇り高さは光の国のそれを上回る。
そのような地に足を踏み入れようとすれば、当然ながら長ったらしいやり取りを交わすことになり、最悪の場合は時間だけかけて断られることもあるという。
そんな天の国の関門のすべてが、今回は一切機能しなかった。最終関門でもある入国でさえ、軽い挨拶一つでおしまいというのだから、もはや障壁は存在しない。
「(……であるならば、もはや決着は付いているということか。私を取り込む必要性を感じないが……それは考えないようにしよう)」
誰が向かっても同じといえども、相手は天の国の王。こちらも相応な人物を用意しなければ、無礼というものである。
これがもし正規のやり取りであるならば、残り二つの派閥の主を寄越せばよかったのだが、シナヴァリアの手札は一枚しかなかった。
長い廊下を歩きながら、彼は頭を働かせる。
既に勝負が決しているからといって、適当に会話を行って終わりということではないのだ。
この場で行うのは正式な同盟締結である。それを警戒していた神皇派は今頃、国で待機している宰相の足止めを考えていることだろう。
これこそがシナヴァリアの狙い。最後の最後はあえて動かず、本命を通過させる為に囮となる。これにより、気付いた時には既にすべてが完了するのだ。
国を救う為という大義は存在するが、やっていることは完全な騙し討ち。民や貴族に問うこともなく、勝手に話を進めようというのは正道に反する行動だ。
ダーインは数々の事情を理解しながらも、最後の一歩を踏み出した。彼は正しさを重んじる正統派の頭首であると同時に、ライトロードの存続を是とする男だった。
扉を開け、謁見の間へと進むと、この国の主であるビフレスト王が待ちかまえていた。
玉座の前で立っているのは、座して穏やかにことを進める気がない、という意思の表れだろうか。
「そちらは宰相が来ると思っていたが、どうやら読み違えたらしい」
「ライトロード軍、第三位司令ダーイン……どうぞお見知りおきを」
「話は聞いている。しかし、シナヴァリア坊はライトロードの根にまで浸食を進めていたとは驚きだ」
「……宰相と面識がおありで?」
「昔なじみのせがれという話だ。あやつに地位を与えるなどという酔狂の結果、こちらの国まで掌握されたというのだから、なかなかに愉快」
本題に移らないどころか、ビフレスト王は静かに、だが確実に怒りを露わにしていた。
どうにも、天の国の大部分が彼の方針に協調していることに気付き、それで機嫌を悪くしているらしい。全く知らなかったわけではないにしろ、破竹の勢いで進展されたとあれば、これを防ぐことは叶うまい。
「不服ですか」
「いや、こちらとしては好都合だ。ケースト大陸内で結束が生まれたとなれば、世界の模範となる。至極私的な意見としては、軍の運用頻度を下げられる」
「利害はこちらと同じ、ということですか」
「坊主に先んじられたのは気に食わぬがな……あやつが天の国の歴々を説き伏せたことで、安心して応じられる。それでは、早急に進めよう」
天の国も、状況でいえば光の国と同じだった。
ビフレスト王はそれを理解した上で、不可能だと考えていた。いや、善大王が大権を行使すれば、それが可能だと見ていた。
だからこそ待ちに徹し、早期の同盟締結を避けていた。
災害に抗うべく、他国と協力するといえば誰もが協調しそうなものだが、その災害は軍によって退けられるものである。
その国に住まうものであれば、誰もが自分を守ることを優先したがる。協力すれば、自分を守る分のリソースが他国に吸われると考えるものさえいる。
そうした保身主義は別段珍しいものでもなく、戦いを知らない者ほどその傾向が現れる。
天の国も光の国も、結局のところこうした層が厚く、突き崩すことは困難だった。シナヴァリアが金というシンプルな力を用いて、臆病風を鎮めてしまったからこそこの場が生まれたのだ。
これが最善だったかどうかはともかくとし、かの冷血宰相は論理的不可能を覆したのだ。




