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──ヴェルギン宅にて……。
「お客様ですか?」
「ああ。ヴェルギンを出してくれ」
「ではどうぞ。ご案内しますよ」
「……話が分からないみたいだな」
善大王は見覚えのない相手をみて、それが少女ではないと判断した瞬間から冷たい対応を行った。
「(この人誰だろ)」とフィア。
「(少なくともヴェルギンの弟子だろうな。こんな時期に取るなんてのも変だが)」
その時期外れこそが悪態の一因でもあった。
彼の予測では、ここにはヴェルギンだけがいるはずだった。そうであれば、腹を割って組織の存在を話すことができる。
だが、この障害はそれを妨害するどころか、居座り続けようとしているのだ。
「師匠は家の中です」
「……ああ、じゃあお邪魔させてもらう」
三人が部屋に入ると、かつてと変わりない光景が視界に広がる。
「師匠、来客です」
「今は入れるなと言っておろうが……仮にもワシは──」
「ヴェルギン、俺だ」
聞き覚えのある声に、臨時軍総司令の男は反応を示した。
「まさか、善大王か?」
「ああ、それとフィアだな」
「こんにちは」
「……こりゃ驚いた。オヌシらが未だに行動をともにしているなど、考えもしなかったぞ」
よほど気になることだったのか、ヴェルギンは自ら二人を出迎えるべく、玄関まで足を運んだ。
「ふむ……その装束をみると、かつてのことを思い出すのぉ」
「その視線だとスケベ爺にしかみえないぞ」
フィアは自分がみられていると気付いたのか、今まで平気にしていたにもかかわらず、恥ずかしがるような仕草を見せた。
「オヌシと違い、ワシは年じゃからなぁ。ただ孫の衣装をみているのと大差ない」
「馬子にも衣装ってか?」
「おお、うまいのぉ。こりゃ一本とられたわい」
地味に貶されているのだが、どうにも当人は意味を理解していないらしい。
「アハハ、あの師匠スケベなんて言われてる! おもしろーい」
空気を読まずに大笑いをするスケープが気になったのか、善大王は黙って顎で指した。
「……恥ずかしながら、ワシの弟子じゃよ」
「やっぱりな」
「恥ずかしいって、こんなちっちゃい子の裸体同然の姿をみたことですか? ハハハ」
「なんか私まで悪く言われてる気がする……」
フィアは怒るどころか、虚しさや恥ずかしさでげんなりとしていた。しかし、悪く言っているのはこの場の全員である。
そうした茶番を長く続ける気はなかったのか、善大王はすぐさま話題を切り替える。
「ヴェルギン、話がしたい」
「……ほう、何の話じゃ」
「できれば、あんたと一対一でしたいんだが? ……こっちの相棒に聞かせるのも何だしな」
「ふむ、口外無用ということじゃな。分かった──スケープ、そこのお嬢ちゃんと一緒に出かけてくれんか」
「この裸体同然の子とですか? えーっ……むしろ師匠が行きたいんじゃないんですかー? アハハハ」
「はよう行ってこんか!」
お気楽な弟子はようやく要求を呑み、困惑しきったフィアを引っ張って外に出て行った。
ここでようやく場が整えられ、彼は安堵から溜息をこぼす。
「なんだ、あれ」
「本人に悪気がないというのが厄介でのぉ……あれでも《風の月》の優秀な術者じゃよ」
「アレがか……で、引き取った理由もそれが原因ってことか?」
「そういうことじゃな。本来なら追い出してもいいんじゃが、火の国は見ての通りじゃ、あやつに暴れ出されては困る──その上、戦力は喉から手が出る程にほしいときておる」
ヴェルギンはヴェルギンで苦労しているのだと知り、善大王は乾いた笑いで応じた。
「オヌシの用件はそんなことではなかろう? わざわざ砂漠を越えてくる程じゃ、何か重要な用事があるんじゃろう」
「強いて言えば、その用事は済ませてきた。あんたに会いに来たのは、状況の変化を確かめる為──それと、組織についてか」
組織の名が出された瞬間、褐色肌の男は顔色を変えた。
「組織……それがどうしたんじゃ?」
「あんたは知ってたのか?」
「一応は、と言っておくかのぉ。カイトという若人が、その組織とやらに絡まれたことは覚えておる」
予期せぬ並びに、善大王は興味を抱いた。しかし、好奇心は出過ぎない。
「俺の調べでは、各国にその内通者がいる。光、水、雷……この火の国にもいる、と俺はみているが?」
「……おそらく、オヌシの読みは違えておらんぞ。じゃが、知っているかもしれんが、ワシは軍の総司令になっておる。それを調べる余裕がなくてのぉ」
「そう、か。この国で顔の広いあんたなら、知っていると思ったんだが」
「知っていると言った時には、どうするつもりだった」
口調の変化に気づき、善大王は静かに、しかし威厳を持って答えた。
「少なくとも、認知はしていた。対応するかどうかは王と協議してからだな」
「今のヴォーダンが、動くとも思えんがのぉ」
 




