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──水の国、フォルティスにて……。
「《幻惑の魔女》」
ノック音に続いて聞こえてきた声に対し、エルズは鈍く反応した。
「……エルズに用がある人達?」
「はい」
「じゃあ通して」
扉を開けて入ってきたのは、二人組の冒険者──いや、顔なじみの二人だった。
「よぉ、クソガキ」
「オッサン……と、クオークね」
「(ぼくは呼び捨てなんだ……)」
おおよそ子供らしくない少女に怖気づきながらも、クオークは彼女の異変に気づいた。
「《放浪の渡り鳥》の行き先に覚えはあるか?」
「知るわけないでしょ、エルズが気づいた時にはいなくなってたんだから」
「嘘だ……と、否定する気はないが──お前、ギルドに何かを隠しているな」
図星とばかりに、エルズは焦りを見せた。
「何の根拠に」
「直感だ。ただ、その様子だとあながち間違いでもねぇみたいだな」
「……そうよ。ティアの居場所は分かってる」
「ど、どこに!?」
前のめり気味な若人に呆れつつ、ウルスはそんな彼の肩をつかんで引っ張った。
「風の大山脈、か」
魔女は心中を覗かれたと錯覚し、異様なまでの驚きを見せた。
急に引っ張られ、体勢を崩し掛けていたクオークも、そんな彼女の反応と言い当てたウルスに驚愕を示している。
「何で分かるのよ」
「渡り鳥が何も告げずにどこかに行くとは考えがたい。あいつが敗北して連れ去られるという展開もな」
ベテラン冒険者は傷心の少女に近づき、続ける。「死んでないことはお前の口ぶりで分かった。ここから動かないのは、取り戻しにいけない場所にいるからだ」
「そういえば、オッサンも《選ばれし三柱》だったわね」
《風の星》が戻る場所となると、そこは風の大山脈に限られる。一族から呼び戻されたか、神の命令によるものか、どちらにしても答えは同じだ。
彼としては、ティアの生存を確かめる為にエルズに会いに来た節がある。いくら世捨て人のような生活をしているとはいえ、ウルスは紛れもなく《選ばれし三柱》なのだから。
「山に登って連れ戻す……というのはナシなんですか?」
「無理よ。あの山は罠の宝庫──それに、突破できたとしても鬼のように強い一族がいるんだから、取り戻すなんて不可能よ」
神器を発動させる間もない高速戦闘使いは、エルズにとって天敵といえる存在だった。
──それは彼女に限ったことではなく、術者全般にも当てはまるのだが。
「それで、お前はなんでこんなところに燻っているんだ?」
「……エルズの勝手でしょ」
「ま、そうだなぁ。俺も人のことを言えたタチでもねぇし、《選ばれし三柱》としては不干渉の立場を選ぶのはおおよそ間違いでもねぇ」
「……」
「だが、お前は駄々をこねているだけだ。ダチに置いてかれたことで不貞腐れているただのクソガキだ」
「ちょっと、ウルスさん!」
エルズが傷付いていると察していた若輩冒険者は止めに入るが、それで彼を抑えられるはずもなかった。
「どうなんだ、オイ」
「あんたに何が分かるのよ! エルズはティアのことを親友だって思ってたのに、何の相談もせずに言っちゃうなんて……もし、もし言ってくれたらエルズも……」
「……分からねぇ話でもない。だがな、渡り鳥は地上のことをお前に任せたんじゃねえか?」
「そんなの知らない! 冒険者としての役目を引き継いでって書いてたけど、エルズはただティアと一緒にいたかっただけ! 冒険者なんてどうでもいい!」
「それには同感だが、そう考えて生きていけば……確実に後悔だけが残るぞ」
「知ったような口で──」
「知ってるんだよ。俺もかつて、師と仰いだ人の頼みを拒み、そして後悔した」




