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──光の国、ソルにて……。
いまや光の国で第三位の司令権を持つ城主は、鳴り響く呼び出しの音に警戒を示しつつ、応じた。
『わたしだ』
「……ついに、ですか」
返答はなくとも、ダーインはそうであるのだと察していた。
最初の接触からしばらく、冷血宰相はほとんど連絡も寄越さず、何をしているのかも伏せて活動を続けていたのだ。
ただ、宰相の行動は教会の広める噂という形で彼の耳にも届いており、不信と信頼が振り子のように揺れ動いていた。
少なくとも、彼の認識上ではシナヴァリアは国の富を浪費し、安全を確固たるものにしようとしている人間である。浪費というと聞こえは悪いが、費用として捻出された金は国が傾きかねない量となっていた。
「宰相、現状に対しての理解は?」
『おおよそ想定通りだ。神皇が茶々を入れてきたが、こちらの仕事は無事に完了されている』
「教会が動いていることについては」
『……それについては誤算だった。かつてより内政不干渉だった者達が、この期に動き出すとは考えていなかった』
言葉とは裏腹に、シナヴァリアから焦りは見られなかった。まるで、予想外の事態が発生しようとも、それを撥ね退ける策があるとでも言いたげな様子だ。
「この状況、もし天の国との同盟が締結できたとして……こちらの民が納得するとは思えませんが」
『堂々巡りをするか? 人の考えは結果次第でどうとでもなる……同時に、結果を想像できない者に言うだけ無駄だ』
「……わかりました。私はただちにビフレストへと向かうとしましょう」
『頼む』
そこで通信が切られ、ダーインは項垂れた。
「……宰相は人間というものを軽視している。それこそ、軍人の理をただの民間人にまで押し付けているようなものだ。これでは、結果が出るよりも先に──」
不安や杞憂ならばまだしも、《禁魂杯》を持つ彼にとって、それは具体性に富んだ経験予測でもある。
生を受けて五十年にも満たないが、ダーインの精神にはそれまでの使用者が蓄積してきた圧倒的量の知識が存在しているのだ。それらを用いれば、たいていのことは既に経験したこととして対処が可能になる。
「(確かに、宰相の言うとおり民の理解を勝ち得るのは不可能に近いだろう。貴族達の多くは戦場を知らず、魔物は自然に除去されると考えている──それは民にも等しく、戦力が磨耗していくものだと誰が信じる)」
都市からの出入りを禁じ、犠牲者を減らすというやり方が無関心、無理解さを増大させているのだが、それで犠牲者が少数で済んでいるのだから否定もできない。
この場ででき得る行動といえば、無理だと分かっても説得し、どうにか理解を得られるまで調整しつづけるということ。
宰相が無駄な手間と切り捨てた行為の実行こそが、状況を打開する為には必要な手順ではあった。
ただ、彼は否定をするだけの男ではない。善大王の帰還がいつとも知れない今、天の国との同盟を結ばないことは破滅に直結する。
そして、シナヴァリアの策略によって財政に打撃を負ったライトロードがそれに失敗したとき、本当の意味で国が崩壊する。
疾く、そして確実に、この計画は成立させなければならない。
ダーインは側近にしばらく留守にすること、神皇派からの接触には特に注意するように……など、幾つかの事項を告げて城を発った。




