10
「……むにゃ?」
「おっ、起きたか」
フィアは目をこすり、周囲の状況を確認していた。
座り心地のよい椅子、動く風景、振動の乏しい空間──件の馬車とは比べものにならないほど上質な環境。
「え!? なんで馬車に乗ってるの?」
「ハーディンから出してもらった。ついでに、こいつも」
朝日を浴び、袋は黄金色の光を放っていた。
「おぉおおおっ!」
「軍資金がこれくらいあれば、しばらく生活には困らないだろう」
「すっごーい!」
「次は不足しないように、ちゃーんとやりくりするからな」
「うんっ! するする!」
無邪気に喜ぶお気楽姫から視線を逸らし、善大王は外を眺めていた。
「(実際は相当数の紙幣も受け取っているが、それは言わない方がよさそうだな)」
今まで《皇》として動いてきた彼だが、今回はそのしがらみが存在していない。だからこそ、ラグーン王への突き出しをしない代償に、莫大な量の金銭的要求を行ったのだ。
ただ、本件の目的をきちんと理解していたフィアは、これを指摘せずにはいられなかった。
「それで、あの人はどうなったの?」
「ん? 見逃したぞ」
「えっ、なんで?」
「金もらったから……それと、ヒルトちゃんが可愛そうだから」
「だから……って、そんな軽い理由で?」
まったくもってその通りだが、彼は悪びれる様子もなく相棒の額をつついた。
「あいつがクロってことはもう分かった。それに、組織とズブズブでもないこともな……そうなると、ダーム商会を叩く方が得策だ」
「でも、あの人は怪しすぎるからなにもでないって……」
「事情が変わったってことだ。物事を頑固に捉えるのはよくないぞー柔軟に、かつ広い視野を持って事に当たるのが聡明ってもんだ
「わけわかんない……」
「ま、いずれ分かるさ」
かなり説明を省いていたが、彼の考えを要約すると、こうなる。
ダーム商会の者は和平妨害を行う場面で、あっさりと退いた。あの場面はなんとしてでも阻止すべきであり、間に合わなかったハーディンとは状況も違うのだ。
対するハーディンは組織の命令に従い、善大王の排除を優先した。その上、保身を図れる場面でさえ、組織を裏切るようなことはなかった。
「(もし、組織が裏切りを許さないものだとすれば、会長の保身は不自然だ。だが、あの会長が組織にとって重要な人物だとすれば──継続的に組織の意志となる存在であれば、辻褄が合う)」
そう、あの男はとてつもなく怪しい言動をしながらも、組織に辿りつく痕跡を残していない人間なのだ。《天の星》という規格外の力があったからこそ判明したが、本来なら渋々容疑者から除外しなければならない者だった。
「(それにしても、組織が俺をこっちに呼び寄せた理由は、一体なんなんだ?)」
国を発ってから長らく経つが、シナヴァリアの報告にそれらしいものはなかった。もしも何か小さな異変でもあれば、彼は敏感に察知し、探り当てたことだろう──もちろん、それ以前に宰相の方が気付くだろうが。
「ねね、ライト!」
「ん?」
「明日はいい宿に泊まれるかな?」
「……節約しようという意志はないのか?」
「えへへ」
お気楽な恋人の甘え攻撃を軽く受け流し、善大王は今後のことを考えるべく、目を閉じた。




