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──アルバハラ領内、ハーブ園にて……。
場所を聞き出していたこともあり、迷うこともなくまっすぐその地点に辿りつくことができた。
ただ、そこに婦人の姿はみられず、管理もしばらく行われていないのかハーブは無造作に増殖していた。
「……さっきの奴は組織の人間だったか。まぁ、好都合だな」
彼はフィアの安全が確保されていることを確信していた。もしも彼女を襲おうものなら、すぐさま連絡が届き、おびき寄せも空振りに終わる。
そうした意味でいえば、あの屋敷に残していくのは一番安全な方法といえる。杜撰に扱ってはいたが、彼女が疲労している事実に気付いていない彼ではないのだ。
もしも、彼女がこの場にいれば、きっとこのような判断、行動はできなかっただろう。
発砲音の後に数発の銃弾が到達したが、善大王は背後からの攻撃にもかかわらず、転がるようにして全てを回避した。
「おいおい、不意打ちってのはないんじゃないか? ……っても、俺ははじめからあんたを認識していたんだがな」
いつもの軽口で相手を挑発してみるが、簡単には姿を現さない。ただし、武器を使用した時点で敵の身分は割れたも同然である。
「(あの警備兵か? ……いや、少なくともあの集団にいる、というだけの情報で十分か)」
彼の断定は二つとも早計なものに感じられるが、一般的な思考から導き出されるような浅はかさで状況を断じることは、こと善大王においてはあり得ない。
この戦時中に銃器の腕を磨く暇がある者など、そうそういるものではない。
その上、全弾が彼のどこかに命中するように撃ち込まれている。音と着弾までの時差からするに、これを有効射程の限界近くで行ったのは明白だ。
ここで特に重要なのは、急所を狙っていないところ。精密さを考慮せず、弾数を増している──その撃ち方は安定した補給と、異世界の銃器戦に慣れた警備軍特有のものである。
「(こうなってみると、バルザックが改心していたのは不幸中の幸いだな。もしもあいつがこの場に参加していたら、回避できてた怪しかったしな)」
警備軍特有の撃ち方とはいったが、その方式の真価は複数人による弾幕攻撃にある。雷の国が闇の国に滅法強くなったのも、数十人規模による一斉射が物理的に避けられない域に到達しているからにほかならない。
だが、これが一人であれば穴も生まれる──とはいえ、その抜け穴を利用できるのは、彼くらいのものだろうが。
「俺はよく分からないものは嫌いでね。残念ながら、あんたの使ってる武器の都合も知っている……さっさと降参することだ」
敵は返答には応じず、銃声だけが沈黙を破る。
しかし、今度は不意打ちになり得ない。彼は相手の位置にある程度の見切りを付け、光を捉えたのだ。
「《光ノ五十六番・日集》」
術が発動した瞬間、善大王の体は発光し、銃弾の速度に近づく。当然だが、銃の速さには遠く及ばない……しかし、どこから来るか、どこが撃たれるかさえ分かっていれば十分に対応できる速度だ。
発砲の瞬間に見えた光を追い、同時に彼は弾の軌道から完全に逃れた。いくら目で捉えれない攻撃だとしても、術のようにフェイントを含ませた動きができるわけではない。
放たれたのは一発、位置からいえば善大王の胴体に直撃していた。たかだが一発、それも狙い撃ちさえできていない攻撃にも見える。しかし……。
虚空を引き裂いた弾丸はハーブ園に着弾し、地面や草木をえぐり取った。さらに、彼の背後に存在していた柵さえも砕け散っている。
「(距離を取って高火力なものを使ってきたか……ってか、あんなもの人に向けるものじゃないぞ)」
彼の見込みに間違えはなく、威力だけから判断すれば鉄板さえ撃ち抜きかねない代物であった。鉄板と言っても、盾や鎧といった対人防具のそれではなく、門などの分厚いものを対象としている。
彼が着弾地点から離れていなければ、余波などで思わぬ一撃を受けていてもおかしくないものだ。
「……さて、俺が近づいていることは向こうからも見えているはずだし、そろそろ攻めるとするか」
善大王の右手に黄色の光が蓄積されていき、攻撃の準備が整えられていく。
草原という平坦な場所に隠れている刺客も、これには警戒心を抱かずにはいられなかったのか、牽制用の拳銃に取り替え──発砲を開始した。
軽い音だが、その全てが勝負の明暗を分かつほどの威力を持っている。善大王もそれに完全な対応ができない以上、無我夢中で走るような真似はできない──はずだった。
瞬間、白い法衣を翻し、腰に装備していた拳銃を取り出した。
「表だっては使わなかったが、練習は欠かしてねぇぞ……と!」
黄光を帯びた弾丸が草むらに撃ち込まれると、鉄琴を思わせる金属音が周囲に響きわたった。




