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──雷の国、ラグーン城にて……。
「おっ、ライカ。よーっす」
「……あの戦いでは、ずいぶんと無能を晒したみたいじゃん?」
入城して早々、姫であるライカと遭遇することになった二人だが、善大王は全く気負う様子もなく話を始めていた。……もちろん、フィアは罪悪感から萎縮している。
「それについては悪いと思ってる。ちょっと冒険者ギルドの問題の方にも取り組んでてな……まぁ、あの戦闘狂を黙らせたってことで貸し借りはナシにしてくれないか?」
「自分の不始末は成果で挽回した、って話? ま、アタシもあの王様がかなり狂ってるって聞いてたし、割には合ってると認めてやってもいいし」
「そううだろう、そうだろう! 俺の偉業はほかの誰もできないほどのスケールの大きいことだからなぁ! 感謝したりないというのであれば、姫様直々の接吻を賜りたく存じ──」
「向こうの承諾が得られたのかをさっさと教えるし」
屈み込み、すぐにでもキスを行えるような体勢──その上、唇も突き出されている──だった彼も、ライカの真面目な話を茶化すような真似はしなかった。
「ああ、それについては問題ない。あとはラグーン王がゴーサインを出せば、無事に和平交渉が成立する」
本来であれば、両陣営の元首が対面して行うのが筋ではあるが、魔物がはびこっている状況でのそれは危険極まれる。
そうした都合は大陸人であれば誰でもわかることであり、両国の使者を務めるのが《皇》と天の巫女という、神の代行者達であるというのだから不足はない。
「なら問題ねーけど……」
「にしても、ライカはそのマフラーだいぶ気に入ってくれているみたいだな。送った甲斐があったな」
「……ただ使い勝手がいいから使ってるだけだし。別にアンタのプレゼントだから使ってるわけじゃねーっての」
淫乱と揶揄されていた少女は、このやりとりで複雑な気分──どころか、不安そうな表情を見せていたが、どうにも二人の関係は彼女の危惧したものとは異なるらしい。
ライカは事実として、贈り物のマフラーを合理的な装備として使用しているだけに過ぎず、他意は誤差の範疇でしかない。
対する彼の方も、ライカへの感情は友好や利害、さらには少女全員に抱く愛情しか存在していない。フィアに向けるそれは、彼女一人だけに占有させているのだ。
「じゃ、さっさと向かうし」
「ん? ライカも来るのか?」
「たりめーじゃん? アタシはアンタを完全に信じたわけじゃねーんだから、王様と一対一にはしねーし」
「ほうほう、ご立派なことで──いや、本当に立派だな」
一言目は、少女の浅はかさを愛らしく、それであっておもしろおかしく茶化したものだった。
しかし、二言目は彼が本心から感じた意見だった。かつての身勝手なライカであれば、このように国を考えた行動や、父親の安全確保を自分で行うようなことはしなかっただろう。
皮肉にも、戦争によって成長が促された。それが彼にとって、どれほどまで複雑な感情を呼び起こされたのかは、きっと誰にも分からないことだろう。
「私も入っていいんだよね?」
「……」
「……」
まるで話が読めていないとばかりに、フィアは場違いな質問を投げかけていた。
確かに、一対一という言葉だけから考えると、彼女は最初から排除されているようには聞こえる。ただし、これはただの言葉の綾にすぎない。
「えっ? 私なんか変なこと言った?」
「……構わねーし。それに、こっちは富豪連中も席につけてっから、一人二人同伴者が増えても問題ないっての」
「うん」
今から自分が向かう場所がどのような場所なのか、それを全く理解していなさそうな空返事に、彼女の王子様は呆れ果てていた。
「(交渉の席を取り付けていたことは、こいつにも説明してたはずなんだけどなぁ……まさか、約束もなくここに来たと思ってたのか……?」




