羊の皮をかぶった狼
──雷の国、ラグーンにて……。
主の不在によって不穏な空気が立ちこめる光の国だが、その主については未だに戻る様子はない。
「ライト……」
「うむ……」
無事に二国の全面戦争を防いだ──肝心の場面に間に合っていないように思えるが、フォルティス王を従わせたことが解決に向かったといえる──《皇》と《天の星》は唖然としていた。
適当に宿を押さえようとした矢先、自分達の所持金が当初の半分以下にまで落ち込んでいるという事実を知り、今後の動向を真剣に考えなければならなくなったのだ。
国家和平に王手をかけたのだから、これも仕方ないように感じられることだろう。ただ、彼は常々の癖でガンガン金を使い、移動や宿には最上級のものを選び続けていた。
それもこれもフィアが劣悪環境に対する耐性を持たないのが原因であり、消費の八割が彼女の娯楽費などに費やされたと考えて相違ない。
「よし、今日は格を落とそう」
「……」
「そんな目で見てもなぁ……だってよ、今から和平しにいくってところで、部屋貸してくれなんて言えないだろ? しかも無料で」
「私からライカに言うってのはどうかな? 一応直接の関係はないわけだし」
「まぁ子供の文句ってことなら──ってわけあるか! そろそろ我慢しろよ引きこもり物臭姫!」
「無理!」
最近はおおよそ引きこもりとはほど遠い生活ではあるが、彼の認識は大きく変わっていないらしい。案外、少女の内面を容易に窺い知れる彼だからこそ、性質が変化していないことを分かっての発言とも考えられる。
──ただし、今の彼女の言動からすると、我儘姫の方が腑に落ちる。
「あのなぁ……こういう時くらいは我慢しろよ」
「野宿で我慢する日もあるんだし、宿のある場所くらいは贅沢したいの!」
「その贅沢で路銀がズタズタになってるんだろうが!」
「魔物退治の報酬でも貰えばいいのに」
これに関しては、全くもって正論である。同時に、彼がここにくるまで一銭たりとも金を受け取っていないことを示している。
「(善大王っていう存在を概念的な正義……人間側の旗印に押し上げるには、有償の労働であってはならないんだっての。金銭関係は合理的な反面、人間的感情を排除する面があるから、今の状況には適さない──なんてことを言っても、こいつは理解できないだろうしな)」
内心で毒づきながら、善大王は気持ちを切り替えた。
「とりあえず、宿の手配はフィアが考えを改めるまで待つとする。よし、さっさと城に向かうぞ」「ぶー! ぶー!」
「お前は豚か! 食べるぞ!」
「私、豚じゃないし! それに食べてもおいしくないから!」
「……姫にぶーぶー言わせながら食すってのも悪くないか……いや、この場合は巫女って方に興奮すべきか」
比較的冷静に、それであってこれでもかといわんばかりに邪な欲望を口にする善大王に、フィアは困惑──怯えを抱いていた。
「おいしくないよ?」
比喩のままか、食肉加工される前の家畜を想起させる様子で、とても真剣に怖がっていた。
「いや、ご飯として食べるわけじゃないぞ?」
「んー? おやつ?」
「むしろ俺のが食われるのか?」
「?」
「よし、じゃあ行くとしよう。それと、俺の気分が交渉後もノってたら、高級な宿に止まるとするか」
「えっ!? やったぁ! さっすがライト!」
何の発言をしていたのかさえ理解していない少女に、満面で邪悪さを感じさせない笑みを向け、善を司る《皇》は王城へと向かった。




