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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
649/1603

10F

 近接戦に移行したものの、ディードが優位になったかと言われると、そうではない。

 なにぶんモーションの重い攻撃である為か、熟練の冒険者であるウルスには軽々見切られ、カウンターの炎を合わせるほどだった。


 その様相は、攻めているはずの部隊長が防戦一方になるという奇妙なもの。


「(この男……強すぎる)」


 場の感情を排除すれば、炎の剣と槍の衝突、遅延(ディレイ)を狙った追撃などそれなりに勝負が成立しているようにも見える。

 だが、それが相手の手のひらの上で舞う行為に等しく、戦いの次元に到達していないという感触を覚えていた。


「このわたしを侮辱するつもりか」

「……お前を一撃で終わらせたとして、あいつらが納得すると思うか?」

「ッ……戦え! 手加減など無用だ!」


 ディードの叫びが村に響き、切断者は肩をすくめてみせた。


「それが希望なら、終わらせてやるよ」


 刹那、アカリが敗れた技と同じ──全方位を囲む炎の壁が出現する。この攻撃手段は対人戦において、対策不能の凶悪な技術であった。

 ウルスの炎は予備動作が皆無に等しい反面、魔物や防御の術を一撃で打ち破るほどの爆発力に欠ける。

 しかし、炎の壁に関していえば火力は必要ない。呼吸に必要な空気を高速で消費しつくし、相手を窒息させてしまうのだから。


 空気の膜を作り、呼吸を維持しようとしても周囲の炎が空気を熱し、肺を焼き焦がす。

 熱の伝導を防いだとしても、今度は迫り来る炎が物理的に対象を焼き払う。


 か弱き人の身にある限り、この攻撃を突破することは困難である。


 ──だが、ディードという男は……やはり普通の人間とは異なっていた。


 炎壁が出現すると同時に、彼は直進した。


「……ッ! あの若造、気を違えたか」


 先程も述べたが、この炎は一瞬で突破しない限り、対象を確実に蝕むものだ。

 直下(ちょっか)から昇ってくるものならば、導力の皮膜でその一瞬を僅かに延長できるのだが、自ら突っ込むとなると皮膜で増した時間など無に等しい。

 その上、点で狙う火柱と違い、炎壁は空間を対象にしている。単純火力は劣るものの、突破に要する時間は比較にならないほど延びている。


 火中を走るディードは、皮膜を貫通して襲いかかる熱に呻きながらも、足を止めなかった。

 そして、先も見えない世界、揺らめく赤一色の空間で、皮膜は効力を失う。そうなれば最後、刹那のうちに浸蝕を行う火炎が、血肉によって構成された人体に牙をむく。


 導力を維持するのではなく、吹き出させることで絡みつく炎蛇を払おうとするが、人体発火が発生してしまったからには焼け石に水。

 凄まじい速度で皮膚が焼き焦げていき、まだ炭化していない部分さえ脂肪を燃料に引火し始める。

 生きたままグリルにされるような苦痛を味わわされながらも、彼は声を出さない。歯で食いしばり、体内に熱を送り込まないようにこらえているのだ。

 しかし、これでは当初の予定通りに酸欠に陥るのが関の山である。むしろ、中途半端に抵抗したからこそ、苦しみが増したとも言える。


 ──だが、彼は踏破しきってしまった。

 頭が蒸し焼きにされ、体に空気が行き渡らないような状況になりながらも、炎の壁を突破した。その厚さが、ベッドの縦の長さ二つ分と等しかった事実は、走りきった当人が誰よりも信じられないことだろう。


「あの無茶で突破しきったか……だが、世界を相手に戦うくらいだ、その兵隊もよほど狂ってなければ成立しねぇか」

「我々は……正気だっ……! 勝てるとみたからこそ、無茶を……した……っ!」


 あろうことか、ディードは未だに突進を続けていた。全身から火を噴きながらも、標的へと直進し続ける。

 機能不全に陥った肉体を動かすのは、やはりソウルだった。もはやこれは、傀儡(くぐつ)人間のそれと大差ない。ただエネルギーが循環しているだけで、人間と称することさえ危ぶまれるほどだ。


 無論、それを分かり切っていたウルスは勝負が決していることを知り、炎剣を構築した。

 瀕死の人間の武器──それも重量級のものを落とすのは困難ではなく、振り下ろした剣で叩くだけで腕から落ちた。

 武器もなく、術を発動するだけの意識も残っていない。この時点で、完全に詰みとなった。


 その、はずだった。


 武器を奪われ、もはや本能に任せた突進さえ防がれたディードに打つ手などあるはずがない。

 だが、彼はこうなることさえ予想していたかのように、槍には目を向けずに突進を続けた。


「(もはや判断する頭も残ってねぇか)」


 足蹴りして転倒させようとした時、切断者は気付いた。


「(いや、奴は言葉を話していた。あれは反射的に行えることじゃ──)」


 死人を思わせるような動作で、部隊長はウルスへと飛びかかった。

 もはや随意的に動かせる部位がなく、力強さなどは微塵も残っていない。だが、この攻撃はあまりにも常識はずれで、当事者になればこそあり得ないと切り捨てる展開だった。


 槍は落ち、穂先はなくとも、ディードは不意を突いたのだ。

 彼の体を燃やす炎は火属性の性質を帯びた……実体のある炎だ。術ならば調整によって相手だけを対象にできるが、この副次的な現象にそれはない。

 全身に至るまで発火した彼の炎はウルスにまで延焼し、攻撃手段を失ったはずの状況から想定外の一撃を浴びせた。


「トンデモな無茶をしやがる」

「……わたしは既に、雷獣との戦いで……どこまで無理ができるのかを知っているつもりだ。どの程度生きていられるかも、調査済みだ」


 ライカによって死の淵に追いやられた経験が、この場面まで彼を導いた。

 そして、ウルスの炎が術ではないことも、臨死体験が教えたといっても過言ではなかった。


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