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──光の国、王立学園の講堂にて……。
妨害策としての講義を請け負ったシナヴァリアだったが、実のところ彼の心証は悪くなかった。
一兵として戦う貴族の子息達からすれば、宰相は現戦術を構築した人物という認識があり、生存率の向上にも大きく寄与しているのだ。
その上、直に講義を受けてみれば彼の丁寧さが伝わり、軍上層部への信頼感が増すという副次的な効果も現れたほどだ。
当の本人であるシナヴァリアとしても、軍人に近い意識を持った若い世代の方が有益な講義となり、不本意ながら充足感を感じていた。
「原則としては各個撃破ということですが、多数が同時に出現した場合……特に戦力が不足している場合は、どのように立ち回るべきでしょうか」
その問いを投げかけていたのは、忠軍において頭角を現し始めていたインティだった。
彼の所属は最前線である為、比較的複数の魔物と交戦することが多い。故に、自身の発言したような状況が発生していないことは理解していた──だが、危機感は誰よりも強く抱いている。
「前述の通り、撤退が最適解だ。ただし、そのようなことを聞いているわけではないな」
手に負えない戦力差の場合の立ち回りから引用しているのだが、宰相も同じ質問をされていないことは理解していた。
「国としての方針は、やはり同じ方法を勧める。ただし、これは私見なのだが、その状況であれば兵を何度も使い回し、時間稼ぎに徹する」
「使い回し……とは規定出撃回数を越えて、ということですか?」
「そうだ」
ただ一言の返答で、講堂に戦慄が走った。
「ですが、規定回数を越えて戦線復帰を行わせることのリスクは、シナヴァリア様が先程述べていたではありませんか」
「僕もそう思います。一度だけ体験したことがありますが、治療された直後の精神状態はひどく、二回か三回が限度かと……」
そのように同調したのは、インティの弟分だった少年──ステライドだった。正確な区分は学生なのだが、本人の志願と実力によって、戦場で戦うほどの立場になったようだ。
ただ、彼の言い分はその年齢によるものではない。
そもそも、肉体の傷だけを回復させる光属性は性質上、精神に大きな疲労を残す。それは幾多の例で確認されているが、それによって兵の使用にも制限が掛かっているのだ。
具体数として、四回以上の戦線復帰は危険域とされ、これが規定出撃回数として認識されている。
しかし、ステライドの言ったような回数は人間としての限界であり、戦前より訓練を行ってきた騎士団でさえその回数に差はない。
それを超過することが如何に正気ではないかは、実際に試した彼らだからこそ分かる。
「私の想定は重要拠点防衛にある。故に、手段は選ばない」
「その場合ならば、むしろ血戦すべきでは?」とインティ。
「撤退ができない状況、かつ対処不可能な事態では時間稼ぎが最適だ。援軍──具体例を出すのであれば、善大王様や天の巫女が到着するまで凌ぎきれば、打開することも可能だ」
誰もが言葉を失う中、シナヴァリアはすぐさまフォローを入れた。
「無論、そのような状況に陥らないように手を打っている。逆に、この想定が生かされるような事態になれば、光の国は存亡の危機にあると思え」
この一声でここまでの会話が仮定の話でしかないと分かり、安堵の空気が戻る。
「(……神皇派が内乱を起こしたとしても、そうはならない。だが、もしこの国の秩序が根底から覆されるような事態になれば──)」
そうならないように立ち回っているとはいえ、善大王不在の今ではこうした懸念を考えずにはいられなかった。
それほどまでに、善大王の力は偉大である。政治的にも、魔物に対しても……。




