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──水の国、北東部の沼地にて……。
「──にしても隊長様ァ、こんなところに進んでどうするんですかい?」アカリは三下口調で問う。
「……この方面であれば、王国も侵攻に気付けない。拠点をとするならば、最適だ」
「プロの意見を言わせてもらうけど、ここは最低な土地だよ。この沼や泥ん中には面倒な生き物が住んでいる上、こんな場所を行軍したら休憩しに行くにも厄介、もし出来ても帰りにこれじゃあ疲れがかさむだけさね」
アカリが口を挟むほどに、ディードの作戦方針は迷走していた。
フォルティス軍も来ることがなく、襲撃の恐れもない土地というのは確かではあるが、それは彼女が口添えした通りの理由があるからに他ならない。
「ディードの意見に文句があるとでも?」バロックは厳つい顔で脅しをかける。
「いやいや、あたしゃこれでも構わないよ。なにせ、報酬はどこに行ったって同じさ、なら平和で安全な方が好ましいからねぇ」
移動中に血吸い蛭や強い掻痒感を与えてくる蚊、沼ワニなどなど、不快感や危険をもたらす生物と多く遭遇している今では、アカリの言葉は皮肉にしか聞こえなかった。
ただ、彼女はプロを自称するだけあり、自分だけはそれらを払う手段──常に導力を体に纏わせ、接触を阻害するというもの──を用いているというのだから、発言に真が含まれているといえる。
沈黙も増え、部隊の消耗具合がかなり高まり始めている時点で、この方向性が間違っていることを誰もが理解した。
彼らがこうまで疲労する状態になったこともまた、ライカと連絡が行えた一因だった。もしも、この部隊がまだウェットランドに滞在していたのであれば、彼女の不審な通信にも目を光らせていたことだろう。
一因、と言ったことからも分かるとおり、それだけが理由というわけでもない。ライカを茶化すように交えた発言の数々は、丸ごと全てが嘘や虚言を吐いたものではなかった。
かの占領戦の際に行った用意周到、冷血な作戦行動は信頼を勝ち取る結果となり、こと目的の遂行については一切の疑心を向けられないとまできている。
だが、肝心の彼女はその信頼に背くように、疑いを強め始めていた。彼らが取る悪行などではなく、不合理で精細を欠いた指揮官の判断に。
泥舟から早々に逃げ去ろうか、と本気で考え出したアカリだったが、背をつつかれたことで現実に目を向けた。
振り返ると、情報を聞き出した中年の隊員が手をこまねいていた。
「(……ま、隊長様もこれじゃあ気付かないだろうしね)」
比較的前列側にいた彼女だが、呼び寄せられるがままに部隊の後方へと下がっていった。
両名が最後尾付近に到着すると、改めて言葉が交わされた。
「アンタここの事情にも詳しいんだろう? 次の集落までどのくらいか教えてくれねぇか?」
「……場所なら知ってるけど、タダはねぇ」
「なっ……あの時に情報と一緒に大金を──」
「いくら疲れ切っているとはいえ、大声出すと聞かれるよ」
聞かれて困るのは彼女の方だというのに、恰も自分はバレても問題がない、と思わせるような態度で話を進めた。
しかし、中年隊員は自身の行動が露見することを恐れている嫌いがあり、しぶしぶ声を潜めた。
「それに、あの隊長様がそこに向かうとも限らないしねぇ」
「……それは、そうだが」
「まぁ、近くの村っていうとスワンプくらいのものかねぇ。あたしが渡した情報の中で、拠点に使えそうなのはあそこくらいのものさね」
他の候補はというと、沼地に木材の足場を浮かばせている所や、樹上に集落を築いているものなど、とてもではないが拠点に設定するのは困難な場所ばかりである。
その点、スワンプはそれらと比べると整えられた地面が存在し、一応は滞在が可能というレベルの安全性が確保されているのだ。
「ちなみに、そこまではどれくらい……?」
仕事人はなにも答えず、再び元いた位置へと戻っていった。




