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──その日の夜……。
ベッドで悠々と眠るライカとは対照的に、ヒルトはなかなか眠れず悶々としていた。
ソファーの寝心地の悪さもそうだが、アカリとの会話が全く分からなかった上、教えてもらうことさえできなかったというのだから仕方がない。
「(アカリ、なにしているんだろう……)」
彼女と共にした時間は短かったが、彼女にとってその邂逅は衝撃的で、人生を一変させるだけの影響力を持っていた。
その上、彼女の護衛を務めていった者達とは違い、アカリからは偽りの匂いを感じ取っていなかったのだ。
「(前の人も、その前の人達も悪い人じゃなかったけど……でも)」
堂々巡りに陥っていた彼女は、目の前に他人が立っていることにすら気づいていなかった。
「おーい、起きてんの?」
「え?」
「ベッド使いたいなら使っといてもいいし」
就寝時間から数刻が経過しているだけに、優しいとはいえない。ただし、これも眠れないヒルトを心配してのものだと考えると、多少は良心の残っている行動にも見える。
──その二つの観測は、両方とも間違っているのだが。
「いいの?」
「……その代わり、また寝にくるけど」
頭が疲れ、眠気だけは強まっていただけあり、よく考えることもなくヒルトはベッドに向かった。
そんな彼女を見送ってから、ライカは寝間着姿のまま、マフラーを巻き付けて屋敷の外に出た。
「臭くって寝てらんねーっての」
気だるそうな声で、誰もいない方向に向かって言葉を発した。
それでなにが起こるということもなく、夜風が返答となるほどに周囲は沈黙に包まれていた。
「はぁーアホくさ」
無数の《魔導式》が刻まれ出した瞬間、雨が泥を洗い流していくように、闇夜に紛れていた黒ポンチョ達の姿が露わになった。
彼らはそれぞれに武器を取りだし、走り出した。剣、槍、ナイフ、と共通性のない装備であるにもかかわらず、互いの射程を考慮した動きではない。
しかし、それはなんの関係もないことだった。
「《雷ノ百九十二番・雷吼磔》」
詠唱が終えられた瞬間、地面より雷撃の樹が発生し、襲撃者全員を貫いた。
彼らが幻術を解除したのはライカの力ではなく、こうなる展開を予測していたのだろう。電撃姫がものを区別して攻撃しないと分かっていたからこそ、隠れていても仕方ないと判断したに違いない。
──もしくは、敵であるかどうかすら確認しないと、二つ名から予見していたのだろう。
次々と絶命していき、爪や髪の燃える臭いが周囲に立ちこめる。こればかりは彼女だけが感じ取る臭いではなく、正真正銘の死臭であった。
総勢三十名の内、残るは一人という状態で術が解除された。とはいえ、最後の一人も瀕死の重傷であり、とても反撃を行えるような状態ではない。
ライカは堂々と近づいていき、炭になっていない男の前で屈み込み、額に触れた。
「アンタの頭だけはジューシーに調理されてないから、答えるくらいは出来るっしょ?」
返答はなく、電撃姫の表情は虫の触覚を引きちぎる子供のそれと同じものになった。
紫電が走り、声にならない悶絶を漏らした男にライカは再度問いかける。
「使い物にならない部分に電気を流してるから、答えることくらいはできるし」
ガクガクと首を縦に振り、肯定の意を示した。彼女が手の離せば最後、このような動きさえできなくなるだろう。
「アンタら、どっからきたか言うし」
「……」
「闇の国の人間?」
男は首を横に振った。
「水の国……ってこともねーだろうし、じゃあ雷の国? 富豪に雇われたクチ?」
またもや首を横に振った。
「これじゃあいつまでたっても調べらんねーし。次来た奴はしっかり喋れるようにしないといけないし」
「ンンンンッ!? ウゥゥウウ」
「なに言ってるのか分からないし」
用が済んだのか、男の脳に直接電撃を流し込み、生命を終わらせた。
このような行為を平然と行えることこそ、組織の人間達でさえ危機感を覚える原因であった。
巫女としての規格外の力を無制限に使える──それがどれほどまで異常な戦力を生み出すか……これはその一例ともいえた。




