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──雷の国、アルバハラにて……。
「……あの、そこ返してくれないかな」
「あんさぁ、アンタ自分の立場を──このアタシの立場を理解してねーの? アタシはお姫様、アンタは富豪の娘、頭が高いっの」
言い分はまったくもってその通りなのだが、仮にも護衛を引き受けている人間の言葉ではなかった。
ライカは部屋の主のベッドを占領し、もはや折半さえ行う気がないといった様子でどっしりと寝転がっている。
いくら眠る時間には早すぎるとはいえ、自分の領土に等しい区画が奪われるのは少女にとってゆゆしき事態であったようだ。
「返して……」
「だーめ。姫のベッドを取ろうなんて太い根性してんじゃん」
「だって、それわたしの……」
「じゃかあしい! ここはアタシのなのよ! はい、終わり! 終了!」
三人の巫女が死力を尽くした戦いをしていたというのに、電撃姫はずいぶんと気楽な日を過ごしていたらしい。なにせ、このようなやりとりを続けていたのだから。
「アカリのほうがよかったのに……」
「あァ? このアタシよりあんな守銭奴のほーがいいっての?」
「……アカリはそんなんじゃないから」
「はー? よー分かってますよーって? ハッ、アタシのほうがアンタ以上にアイツのことを知ってんの」
「……」
自分で彼女の名を出した途端、ライカは天啓を受けたかのように拳を槌のようにし、もう片方の手のひらを打った。
「(そういえば、アイツに聞きさえすれば大将の状態が探れんじゃん! こんな簡単なことに気づかなかったなんて……ショック!)」
まるで空気を読まないライカは、ヒルトの子守りを放棄──そもそも行えていた事実は認められないが──し、通信術式を開いた。
「誰かと話すの?」
「んー? ちょっとあのクソ女に聞くことがあんの。だからしばらく静かにしておくし」
クソ女がアカリを指していると直感的に察し、興味からか緑青色の瞳を暴君の如き少女に向けた。
『……あーはいはい、アカリですよーっと』
「ライカだし」
『げ……あー、お姫様ご機嫌うるわしゅう──』
「前口上は不要だし。ついでに、アンタがなにかやらかしたってのもどうでもいい──あの部隊の大将、ついでに副官……いまはどういう状態になってんの?」
単刀直入な質問だったが、アカリからすれば戦争勃発のきっかけが見逃されたことで、懸案は全て消え去ったようだ。向こう側から聞こえてくる声からも、緊張感がすっかり抜けたようなに変わった。
『隊長様とバロックのおっさん? ……あーはいはい、相も変わらず元気なもんよ。っても、両国の戦争が阻止されたって聞いて、相当にキレてたみたいだけど』
「……何も変わったことはないってこと?」
『しーて言えば、あたしが襲われたってくらいのことさね。別段たいしたことでもないけどさ』
「暴力的な集団っつうわけね」
『ありゃ、ビリビリ姫はそういう風に捉えちゃうわけかい? 子供だねぇ、若いねぇ』
苛立ちから《魔導式》を粉砕しそうになるライカだったが、理性的に質問を続ける。
「アンタなら分かんでしょ? 副官の男が妙だってことくらい」
『まー確かに最近はおとなしくなったみたいだけどねぇ。抱かせた男から聞き出したけど、少し前まではもっと野心的で、隊長様を相手にもの申したりもしたりとか……』
「その隊長の方の変化は?」
『さぁ? 少なくとも、聞いていたよりは大したことない男って感じかねぇ。何っていうのかね、大物! っていう存在感がないっていうのかねぇ』
ここで初めて、大きな食い違いに気づいた。
「一応確認しておくし……二人は生きているわけ?」
『そりゃ報告に出した通り、ばっちり生きてらっしゃいますとも』
「本物?」
『バロックのおっさんは男色家なのか不能なのか知らないけど、まったく隙を見せやしないし、調べようもないって感じだよ。隊長様については、幻術とかで細工した男じゃないってのは間違いないけど』
「あっそ、次に繋ぐ時までにもっとマシな情報を引き出しておくし」
『かぁーっ! これだからオコサマは。あたしゃ自分のカラダまで使って探り回ってるってことを察してくれないものかねぇ』
「え?」
『じゃ、次の男が待ってるから切るとするよ。また時間がある時にでも繋ぎますよ、ビリビリ姫様』
通信が終了してからしばらく、ライカは報告の内容を頭の中で再生していた。
しかし、幾度考え直してみても、それらしい供述はみられない──彼女がその比喩を知らないだけだが──とあり、余計に頭を悩ませた。
「(あのクソ女、なんのこと言ってんのか分かんないし)」




