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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
639/1603

帰巣する渡り鳥

 ──水の国、スペンド付近にて……。


 組織の人間が逃げ出したことで戦いは終わりを告げ、地上で別々に行動していた二人は、改めてお互いの立場を確認し合うだけの余裕を得た。


「ガムラン、どうしてここに?」

「……ティア、お前を連れ戻しにきた」

「連れ戻すって……山に?」


 ガムラオルスは無言で頷いた。


「でも、私はまだ……っ!」

「俺は故郷の危機を聞き、すぐさま戻った。だが……お前はなにをしている」


 これが彼女にとって、もっとも痛いところであった。

 人の道を外れてまで救世欲に取り憑かれるなど、誉められることこそあれ、人間性を疑われることは必至である。

 嫌悪感を向けてきた相手が想い人であるのであれば、その辛さは常識的範疇を遙かに越える。


「この帰還命令は族長からのものだ──ティア、父親が助けを呼ぶ声以上に、この外界の人間を救う方が大事か?」

「ガムラン、なんでそんなこと言うの?」

「一族はもとより、地上とは袂を分かつ存在だ。外で争おうとする者達を救う義理など、本来有りもしない……それだけだ」


 ティアの言い分は弱い少女としてのものであり、彼の返答は方向性を間違ってはいなかった。

 ただし、彼女が気にしたのは彼が怒りをぶつけるような様子で言っていること、必要以上に責め立てるような口調で話を進めていることにある。

 この点は、ガムラオルスの若さであった。


 彼は火の国の──ミネアの醜態に失望しきり、行き場のない怒りを《星》であるティアに向けたのだ。

 火の国に守る価値がないと判断した時点で、外界全体の評価をそれと等しくした──という解釈もできるが、彼の心情で語るのであれば同じことだろう。


地上(ここ)をそんな風に言わないで! 私はここが大好きなの、山も……嫌いじゃないけど、でも──でも、私はエルズに助けられたよ! そのエルズも……」

「戻らないというのであれば、ここで動きを封じていくだけのことだ。どうする、来るか? こないのか?」


 驚きで注意を逸らされていたが、彼女はついに認識してしまった。

 エルズは、あの時に死亡した。ディアナという大人の姿ではあったが、自身を庇って死んだのだ。

 死を思いされてしまえば最後、押し寄せる感情の波を押さえつける堤防は失われる。


「……お前まで、弱い女に成り下がったか」

「だって、エルズが……私の親友が……」

「……」


 渡り鳥は弱い女と言われながらも、強く立ち上がった。


「ガムラン、やっぱり私は帰れない。エルズが私を守ってくれたなら、私に何かを託して死んじゃったなら、私はそれに応えなきゃいけない! エルズの代わりに地上を──」

「……エルズという娘ならば、そこに転がっているが?」

「転がってるなんて言わないでッ! エルズは……転がってる?」


 ティアはほんの少し前の光景を思い出した。

 薄れゆくディアナが槍の一撃を受け止め、しかし全身が粉々に砕け散ってしまったという──。


「えっ!? あれ、エルズだ! しかもちっちゃくなってる!」

「……この娘ははじめからこんな容姿だったはずだが」


 《星》の合同会議の際にカイトとエルズが会っていた、という話をしたと思うが、ガムラオルスが対面したのもその時期のことである。


「これで、地上を託せる者は見つかっただろう? ……行くぞ」

「ガムラン、これってデートの誘いじゃないよね」

「……当たり前だ」

「ははは……嘘でもそう言ってくれたらよかったのに」


 命令に応じない、と判断して剣を抜き放とうとするが、ティアは手のひらで柄を押さえた。そして、首を横に振った。


「ついて行くよ」

「ならば、構わない」


 抜刀態勢を解除すると、ガムラオルスは彼女の背後に回り込み、族長の娘を抱いた。


「ふぇ……? がむら……っ」

「暴れるな、落ちたら死ぬぞ」


 緑色の光は次第に出力を増していき、一組の男女を空へと押し上げる。

 急激な上昇感と頬を撫でる強風に、ティアは考えごとを吹き飛ばされたように、表情を豊かにした。


「すごいねっ! ガムラン」

「それほどでもない」


 想い人に背中から抱かれるなど、なかなかにロマンチックなシチュエーションである。そのことを彼女が気にしていないはずもなく、風圧による皮膚感覚の心地よさもそうだが、自分とは違った体温が伝わってくることに陶然としていた。

 そうしてある程度の高さに到達すると、今度は移動が開始する。上から下への愛撫は前から後ろへと変化し、三半規管への刺激もまた違うものになった。


 だが、彼女は忘れていなかった。

 木に背もたれさせた相棒のことを、地上で出来た唯一無二の親友との別れを。

 告白であればよかったというのは、彼女自身の欲求でもあるが、あの場では言い訳として欲していたものだった。

 風の導力によって樹木に刻まれた置き手紙の内容に、それらしい理由を付け足したかったのだろう。


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