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真の力を発揮しようとした瞬間、それまでとてつもない存在感や威圧感を放っていたディアナだが、突如として体が薄れ始めた。それに連鎖するように、魔力や感触も乏しくなっていく。
「あー……時間切れかー」
「時間切れ? ディアナ、どういう──」
「ティア、無茶だけはしないでね。この世界にはすごい人達がたくさんいる……だから自分がやらなきゃ誰がやる、なんて思わなくて大丈夫だから」
キリクは既に勝利を確信しているのか、会話に夢中になっているティアに照準を定めた。
「でも、私は……」
「あなたにとって、一番大切な人は誰? その人は、今のようなことをするのを願っているかな?」
ガムラオルスの姿が脳裏をかすめるが、その思考は衝撃波によって中断させられる。
……既に実体を失い始めているエルズだが、再度放たれた刺突を五指で受け止め、相棒を守ろうとしていた。その手には、魂の燃焼を思わせる藍色の炎が灯されている。
「とりあえず、私の時間稼ぎはこれくらい。ティア、また会えて嬉しかったよ……でも、あっちで再会することも諦めていないから」
「エルズ……?」
「ははっ、その名前で呼んでくれたね。やっぱりお別れの時くらいは本当の名前で呼ばれたいよね、うん。……あしたがいい日になるといいな」
螺旋の刃が回転を開始すると、希薄になっていたディアナの肉体は砕け散った。肉体的な壊れ方というよりも、魔物が消滅する際のそれを思わせる──藍色の粒子を散らせながらの終焉だった。
「出し惜しみがすぎたようだな」
「……」
「だが、私の能力を明かすこともなく散るとは……教えていれば、《風の星》を生存さえることもでき──」
少女が地団駄を踏んだ瞬間、地面には小さな地割れが発生した。
それだけではない。彼女の身からは、明確な怒りの感情が放出されている。眩しくなるほどに明るい色をした緑の魔力は、今やこの世界の空と同じ暗色に近づいていた。
「エルズは死んでなんていない! エルズは言ったよ、あっちで再会するって……また会えるって分かってたんだよ!」
言っている本人が、それを信じてはいなかった。
キリクは嘲るような笑いをこぼすと「彼女は生きているかもしれない。だが、《風の星》はこの場で終わりだ」と槍を構えた。
「(あの人はたぶん透明になれるんだよね? なら、風の流れを読めばっ!)」
確かに、それに近い方法でこれを凌ぐ術は存在していた。しかし、それを行う為には大前提として、相手の能力を正しく認識なければならない。
実体がどこかにある、等速で動いていると考えれば、不自然な気流は誤差にまで貶められる。
相手の存在を察知し、瞬時に頭上へと拳を放とうとした瞬間、緑色の光が虚空へと照射された。
驚きのあまりに屈み込んだティアだが、すぐにそれが最善の行動だったことを自覚する。
圧倒的威力の光線ではあったが、それは供給源を切断されたかのように、風化を思わせる経過で朽ち果てた。
「チッ……また邪魔が入ったか」
「安心しろ、これで終わりだ」
聞き覚えのある声を聞き、渡り鳥は冒険者ではなく、一人の少女に戻った。
「生きているか、ティア」




