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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
633/1603

5r

「自分の手札を晒し、逆転の機会を失ったエルズ。絶対的優位に笑みを浮かべる吸血鬼に対し、エルズが取った手とは……!」

「……来い」

「せっかく盛り上がったんだし、少しは乗ってほしいね」


 焦るべき立場のエルズは余裕を保ち、まだ遊びのような態度を取っている。

 だが、それを打ち壊すべく、守りに徹していたトニーが攻めへと転じた。


「おっ、やっぱり調子がよくなってきたみたいだね」

「……」


 腰に差した剣に手をかけることもなく、《魔導式》を展開し、即席の武器を生成する。


「《闇ノ四十三番・毀剣(ブロークンソード)》」


 互いが剣を握った時点で、騎士はガッツポーズを取った。


「そうそう、こうやって互いが同じ武器を持ってなきゃ、戦いは盛り上がらないって! これでこそ神聖な決闘ってもんよ!」

「ならば、己の望んだ決闘の中で……尽きろ」

「そりゃ、無理な相談だねっ! だって、私は強いから」


 剣が衝突した瞬間、藍色の火花が散り、相殺されるように両者の姿勢は崩れた。

 しかし、そこは吸血鬼。驚異的な身体能力で攻めの体勢に復帰し、追撃を放つ。


「おおっと、これはあぶあぶ……」


 仰け反ったエルズはそのまま後方転回バックハンドスプリングの予備動作に移り、回転中の蹴りによって二撃目の剣を弾いた。


「おーっ! すごい! まるで私の技みたいっ!」

「あなたはもっと容易にこなすでしょう。ですが、あの場面で、風の一族でもない者がするのは驚異的ですね」


 そう、ここで真に驚くべきは身軽さなどではなく、場面栄えする技術で切り抜けたこと。


「(意図が読めない……この娘は幻術を得意としたはず。ここまで近接戦にこだわる理由はなんだ? 何故、遊びを含ませられる……何故、そのような相手に一撃さえ浴びせられない)」


 トニーは言い知れぬ恐怖を感じていた。

 攻撃を見切っているという発言自体、彼女の異質さを現している。

 人間の目であっても、吸血鬼の行動を読むことや捉えることは可能だが、実践として回避を行うのは困難。

 その上、挑発のような行為を織り成して成功させるともなると、もはや人間の運動能力を超えてくる。風の一族でさえ、命を賭けてようやくというほどだろう。


「(攻撃を受けてもなお、あれだけの状態を維持している……まさか、因子の覚醒が起きたとでもいうのか? あり得ない! 後天的に吸血鬼に変異するなど、聞いたことが……)」


 刹那、無数の思考が彼の脳裏を過ぎる。

 その中には、場に当てはまる説も存在していた。


「(《魅惑の魔王》と謳われた初代エルズ……彼女の直系だとするならば、このような事態も起こりえるというのか?)」


 眼前の女性が戦友の娘であると信じられずとも、彼女がエルズの名を用いた時点で、彼は問わずにはいられなかった。


「お前は、《魅惑の魔王》を知っているのか?」

「……エルズね。もちろん、名前の由来だから知っているよ。その当時、誰よりも多くの眷属を従えていたことも、性に奔放だったことも」

「後者については、吸血鬼の一部でさえ、知らないはずだが──あの男も、知っている素振りを見せなかった」


 トニーは確信を得た。

 このエルズは《幻惑の魔女》ではなく、《魅惑の魔王》と呼ばれていたエルズなのだと。


「(本人か、世代を越える契約が行われた眷属……が原因かどうかはわからない。しかし、そうであるならば辻褄が合う)」

「……一応言っておくけど、私は違うよ? あの魔王が眷属を寄生させられたってのは聞いたことがあるけど、少なくとも私の世代ではもう残っていないみたい」

「ならば、お前の力の根源はどこにある」


 違うと言われ、それを信じるトニーでもない。

 そうでなければ、彼女の異常さは説明がつかないのだ。それこそ、奇妙な騎士がエルズと関係のない他人ではない限り。


「……正義だよ!」

「は?」

「正義の心! ジャスティス!」

「……」

「私は正義を売りにしてるんだから、そういう悪評を立ててもらうと困るんだよね。吸血鬼の子孫とか、吸血鬼の魂が蘇ったとか、そういうのはヒール役の設定にでもしてほしいよ」


 もはや話し合うだけ無駄と理解したのか、彼は黙って剣を構えなおした。


 瞬間、両者間に存在していた地が消えたように、吸血鬼がエルズの真正面に移動する。

 時間を超越していないことは、後方や下方に向かって吐き出されていく、圧倒的な運動の余波によって確かめられた。


「残念ながら、あんた以上に速いやつを知っているから……脅しにもならないね」

「脅しだとでも?」


 藍色の剣閃が煌き、主を覆い隠した緑色のマントごと対象を両断した──かのように、見えた。

 しかし……現実は違っている。マントは攻撃を受けてもなお、引き裂かれることなく剣を受け流した。


「風翼獣の羽を元にしているだけあって、防御性能は折り紙つき……直撃を受けたら、さすがにまずかったけど」


 緑色の布が宙を舞った瞬間、その下方より騎士とは思えないエルズが飛び出した。

 剣や盾はそのままだが、服装は豊かなボディーラインを浮かび上がらせる──体に密着した黒装束に変わっており、暗殺者を想起させた。


 咄嗟に後方への退避を考え、思考と同時に行動を起こしたトニーだが、彼女の追撃はその速度を越えていた。

 機動力の高さを印象つける衣装とは相反し、彼女は盾による突進を行う。こうなると斬撃に必要な攻撃動作が削られ、追跡速度は予測を越える。


 強烈な一撃を胴体に受け、仰け反りと同時に剣を落とす。通常の戦闘であれば、この時点で決着だが……両者に油断は生まれていなかった。


 奇襲に続く本命の剣が吸血鬼の脳天目掛けて振りかざされるが、彼は最強の武器である己の体を使い、必殺の一撃を防ぐ。

 片手に刃が食い込むが、それによって不調となるはずもなく──むしろ彼女の行動が制限出来る分、都合のいい結果となった。

 さらに言えば、全身が武器である吸血鬼にとって、一本や二本の封殺は消費足りえない。


「う、動けない……!」

「終わりだ」

「エルズ!」


 何かを掴むように開かれた手は、身動き一つ取れないエルズに向かって伸ばされた。目視さえ困難なほどの速度で。


「これが、逆転ってものね。最高に気分が昂ぶるでしょう?」

「……っ」


 内臓を破裂させ、引きずりだそうとした手は、空気を掴んでいた。

 そんな状況を嘲るかのように、エルズは彼の真後ろに立ち、盾で背を押した。

 押し出しの威力は乏しいが、相手を殺す気で放った攻撃が仇となり、吸血鬼は自分の力によって前のめりに崩れる。


「お前は……本当に人間なのかッ!?」

「《選ばれし三柱(トリニティア)》にとって、その質問は微妙じゃないかな? ま、特別な種族じゃないことは確かだけど」

「ならば……何故ここまでの力を──たかが人間風情が」

「人間の可能性を知らないあなたじゃ、そう思うのは当然ね。でも、人間はあなたが思うよりもずっと強い……それを知ることが出来ないなんて、哀れでしかないわね」


 声の調子が変わっていることから判断するに、この発言には遊びが含まれていなかった。

 表情にも三枚目な笑みはなく、心の底から哀れんでいるような、同情だけが表れている。


「(この者の正体を暴こうと思ったが、それをする余裕はない……か)」


 彼は幼いエルズへの想いから、倒す以上に調べ上げることを優先していた。

 ただ、それを捨てて戦ってもなお、このエルズ(・・・)には届かなかった。その時点で、自分の計り知れる相手ではないと確定したのだ。


 トニーは決して弱くない。だからこそ、勝負すべき場面とそうでない場面の見極めが巧みだ。

 善大王とスタンレーという、状況を不明瞭にする相手を前に、迷わず逃亡を選択したのも彼の強さだった。


 その彼が一度として相手の底を知ることが出来ず、力を見誤り続けていた以上、この戦いが勝負として成立していないのは明白である。


「……次の攻撃で、決着がつきますね」

「えっ? での、あの吸血鬼の人強いよ?」

「お二人とも、互いに互いを終わらせる方法を持っているんですよ」


 敵であるはずの男に感心し、「うんうん」と頷くティアだが、本質は何も理解していなかった。

 それはエルズの演出によるものであり、シリアスな戦いはコミカルな勝負にまで貶められている。

 ただ、この戦いが互いの生死を賭けているという点については、一切変わっていない。


 決着がつくというのは、どちらかが死ぬ……ということに他ならないのだ。


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