謎の女性、ディアナ
──水の国、西部湿原にて……。
長い戦いが終わり、一同は気が抜けたように地面に寝転がっていた。
この場に残った精鋭兵達については、三日前の戦いからここまで連投と来ているので、だらしないと一蹴することもできない。むしろ、命を散らさなかった者と考えると、かなりの実力者ということになる。
ただし、この一連の戦いで犠牲になった者は数知れず。撤退路のいずこかに転がったままの者も多くいる。手荷物を増やす余裕がなかったとはいえ、なかなかに酷な選択ではあった。
「善大王、あの力はなんなんだい? 前に戦った時のアレ、もしかしてこれを発動しようとしていないのかな?」
「……《皇の力》だ。俺も昔は術を打ち消す力だと思っていたが、どうにも魔物を一撃で葬ることのできる力らしい」
「魔物を一撃……なるほどね、それであの大群を掃討できたわけか。それこそが、《皇》としての力ってわけだね」
「ああ、だが当時負けたのは俺の実力不足だ」
「謙遜かい? どんな力であろうとも、自分が使える力は全て自分のものさ……むしろ、あの場で君がそれを出し渋ったことに、僕は憤っているんだけどね」
彼からすれば、敗北することは決して苦しいことではないのだ。
それは一戦目で善大王がフォルティスに勝利した時にも示されていたが、彼は強者との戦いを望む一方で、戦いの中での興奮に飢えているのだ。
故に、あの場で《皇の力》を使われることで負け、善大王の内政干渉を受けていたとしても納得していたことだろう。
「ライトの力は使用者を蝕むのよ。だから、あんなニンゲンのゴタゴタくらいで使わせたくなかったの」
唐突に口を挟んできたフィアだが、発言にはどこか棘が含まれていた。
「君が天の巫女だね? いやぁ、君の力には感動させてもらったよ。ティアって子もそうだけど、巫女っていうのはとても愉快な存在だね」
「……どうも」
明らかな悪態だが、フォルティス王は不機嫌そうな様子も見せず、純粋に彼女の力に感激を示しているようだ。
そして、既に明白ではあったが、彼がティアの戦いを間近で見ていたことも明かされた。
「ティアの戦いをみたんだな」
「もちろん。君が言っていたのは彼女のことだったんだろう? 確かに、あの子は最高だよ。できるものなら、直に手合わせを願いたかったものだね」
「シアンもその巫女の一人だ」
「ふぅん、あの子にはそこまで興味がないんだよね」
「……ダチってことだよ。その相手を泣かせるような真似は避けろ」
フィアを経由し、シアンの置かれている状況が変化していないことを知っていた。その為、今回こそは考えを改めさせようとしているのだ。
「そんなことしたら、お仲間が僕を倒しに来るって? 望むところだよ」
「むかーっ! ライトの言いたいことはそんなんじゃ──」
「巫女の力を甘くみないことだ。あいつらが本気になれば、お前が望むような戦いが発生することもなく、お前は終わる」
目の前にその巫女がいるというのに、彼は半ば化け物を思わせる扱いで語ってみせた。
だが、彼の見込みは全く持ってその通りであり、抹消するという方針が確定するような事態に陥れば、勝負もなく決着がつくことだろう。
「はは、心得ておくとするよ」
「それと、こっからが本題だ」
王の二人が真剣な表情に変わり、これをもって個人的な会話が終了したのだと、色惚け姫は理解した。
「《善大王》の名のもとに命令する。水の国は即時、雷の国への侵攻を中止せよ」
「……僕が従う道理はあるかな? 残念ながら、僕達は神サマの加護がなくとも、自分の身は自分で守れるんだよ」
「分かってる。だからこそ、ここで命令に従わなかった場合、神の代行者である天の巫女が貴様等を焼き殺す」
それまでとは明らかに異なる態度に、悪王は口許を緩めた。
「はははっ、それが君の本性ってことだね」
善と権力の象徴が、暴力を是とする悪の言動を用いたことで、フォルティス王はこれ以上にない愉快さを覚えていた。
それもそのはずだ、そのやり方はまさしく水の国と同じものであり、力で全てを従わせようとする弱肉強食の理論に基づいているのだから。
彼のもっとも好み、世界がそうであるべきと望んだやり方だ。
しかし、善大王の表情は冷めたままだ。冷酷で、口にした言葉を嘘にしないだけの威圧感を放ち続けている。
「ライト、それって……」
「フォルティス王、これに従うか? 拒むか?」
「……従うとするよ」
氾濫した川の如くに流れの読めない話を受け、フィアは困惑し始めていた。
だが、彼はこの展開を全て読み切っており、その上であのような過激な発言までしていたのだ。
「君らがこなければ、僕達はどっちにしろ終わっていたからね。それに、そっちの子──フィアっていうんだっけ? その子が軍事力の一部であるなら、勝てる見込みもないよ。力のもとに、僕は──水の国は善大王に従うとしよう」
そう、この王は気に入る気に入らないではなく、実力を物差しにして物事を考えているのだ。その点で言えば、貴族のように複雑なやり取りなどを行わず、直接戦力差を押し出すのが正攻法といえる。
もとより、善大王も自分の恋人を戦いの道具にするつもりはなかっただろう。
「ま、妥当だな」
「ライト、それでいいの?」
「ああ、どうせこいつは権力じゃ従わないだろうしな。……だろ?」
「よく分かってるね。その通り、僕は人が決めたくだらない都合なんて従う気はないよ。だからこそ、今回のやり方は僕好みだ」
釈然としないと言いたげな少女の頭を撫で、《皇》は話を続ける。
「俺はこのまま雷の国に向かう。こっちの方で和平を結んでくるが、それは構わないな」
「構わないよ。どっちにしろ、あっちの子とは戦えないみたいだからね」
「(ライカと戦いたい……ってのがコイツの本音だったんだろうな。例の素通りを引きずらないでくれるって言うなら、楽な話だが)」
彼の考えの通り、国家としてはもっとも重要な大義について、王は全く興味がないといった様子だった。
善大王としても、両国の和平で障壁となる要素をこうも簡単に解決できたことは、思わぬ収穫だったに違いない。
早々に用件を話し終えると、二人組はあっさりその場を立ち去ろうとした。
フィアによって治療はほとんど終えられており、こうして和平のきっかけを掴んだからには、長居する意味もないのだ。
そうと分かっていても、とても素っ気ないやり取りという感は否めない。
そんな彼らを見てか、フォルティス王はまだ何かを聞きたいと言わんばかりに、善大王を呼び止めた。
「最後に一ついいかな」
「ああ」
「君は、シアンからなにを受け取ったんだい?」
「……シアンは戦いを止めたいと言っていた。俺も、フィアも、そしてティアも、そんなシアンの言い分に協調しただけだ」
「なにを考えているのかな、君は」
「当然のことを聞くなよ──終戦に決まってるだろ。俺はすべての国が協力し合えることを諦めちゃいない……おそらく、シアンもな」
それ以上会話はないと判断し、白い法衣に身を包んだ《皇》は少女の手を引いてその場を去った。




