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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
627/1603

16e

 ──フォルティス城、作戦会議室。


「……これは想定外ですね」


 活気を取り戻していたはずの会議室内は、再び静まり返っていた。

 フォルティス王率いる本隊の救援報告、《カルマ騎士隊》によって撤退が無事に行われたという報告、全てがいい報告に満ちていた。

 ただ、ここに来て最悪の報告がもたらされた。


「謎の勢力の参戦、さらには闇の国の増援……ですか」

「かの国としても、この戦いは悲惨な結果に終わってもらわなければ困るようですね」


 闇の国の思惑を示唆させながら、彼女は別の対象を警戒していた。

 カイトの口、さらには彼女本人が調べたことにより明らかとなった、組織の存在。

 この両国の(いさか)い、さらにはフォルティス軍に対する攻撃など……その裏にはこの存在が潜んでいるとシアンは考えていたのだ。


「(増援も、おそらく最初から潜んでいたのでしょう。ティアちゃんに頼んで隠蔽を行っていた魔物を、先んじて討っていただきましたが──あの首都襲撃の時点から仕組まれていた、ということですか)」


 さすがのシアンも、二重の隠れ兵については対処できなかったらしく、自身の甘さを悔いていた。

 だが、これはどうにかできた問題とは考えがたい。彼女にとっての手札はたったの一枚、《カルマ騎士隊》という最強のカードだけだった。

 そのカードの使いどころとして、防衛部隊の撤退支援というのは大きく間違ってはいなかった。あの場に存在する情報だけでは、それが最前の手だった。

 そこで手札を使い切ってしまった以上、もし途中で気付いたとしても手を打つことはできなかった。できたとしても、彼女はカイトを見捨てるという手段を選ばなかっただろう。


「……仕方ありません。本隊の支援に向かった部隊に報告を、防衛部隊の撤退支援に急行するようにと」


 突如出現した二勢力は、本隊と防衛部隊を襲撃していた。

 飽くまでも国王生存を是とする総意によって、駐在兵は支援部隊として王のもとへと向かったのだ。

 しかし、シアンとしては生存させるべきはカイトであり、その為ならば父を見捨てるという選択さえも選ぶ程に切迫している。


 そんな焦りを見せ始めた歌姫の視界に、遠慮がちな様子で手を挙げている者が写り込んだ。


「勝手ながら、冒険者ギルドに依頼を行いました……現在、ランクⅣ冒険者十名、ランクⅢ冒険者五十名が防衛部隊の救援に向かっています」


 そのあまりに異様な行為には、シアンに限らず部屋の中にいる全員が驚きを覚えていた。


「なんということをする! 誇り高きフォルティス軍が冒険者風情に助けられたなどと知られれば、世界最強の名に泥を塗ることになる! そんなことも分からないのか!」


 罵詈雑言が飛び交い、男は萎縮しきっていた。

 そんな中、シアンだけはゆっくりと彼に近づいていき、汗に濡れた手を握った。


「ありがとうございます」


 彼女の言葉が場を鎮める一声となり、負の心に満ちた空間は再び中立の空気に立ち戻る。


「しかし、姫様……」

「わたしとしたことが、視野が狭まっていました。それに、ギルドを説得するのにも骨を折ったことでしょう」


 シアンは誰かの手を借りるという選択肢を無自覚に排除していた。

 フィアやティア、ライカという三人に限っては仲間としての関係性から、有事の救援を頼むことにはなったが、民や冒険者に助けを求めるようなことは一切しなかった。

 それは民からなる補給支援が正しく機能しない、と読んでいた部分からも見て取れる。


 自分──この国の所行を理解しているが為、初めから成功しないと見ていたのだ。人間の道理を考えれば、これは当然の判断であり、悪逆非道が今後も続くとなれば誰も従わないと考えていた。

 ただ、人の心は周期的に整えられているわけではなく、論理だけで動く人間の方が逆に少ないのだ。

 これまで積み重ねてきた業は、あの首都防衛時に軍が出動したという事実で一時的に上書きされ、国を守るという刹那の愛国心が厚い壁を穿ったのだ。


「連絡を取ることはできますか?」

「は、はい!」

「では彼らをスペンド(・・・・)に向かわせてください。ランクⅣ冒険者には周囲の掃討を、ランクⅢ冒険者には撤退してくる防衛部隊の護衛、及び搬送を。防衛部隊にはこの地点まで急ぎ向かうように連絡を」


 スペンドとは西部に存在する村だ。ここでは防衛部隊が撤退中に通過する村、という方が具体的だろう。

 ラグーン領からフォルティス領に戻るに辺り、ブリッツのルートを使わないのであればこの村を経由しなければならない。

 普段であれば別の手段もあるが、雨によって順路上にある大河が増水している為──川を渡るというのもかなり危険ではあるが──大人数が通過可能な吊り橋のあるスペンドが選出されたのだ。

 さらにいえば、この吊り橋を落とすことにより、敵の侵攻を食い止められるとあって最適の地点ではあった。


「はい、ただちに!」


 軍事国家となった水の国には相応しくもない男──年でいえば青年くらいだろうか──は、部下に任せるでもなく自分で通信を繋ぎ始めた。


「(これでカイトの件は一安心、ですかね……わたしも、諦めるには早すぎたかもしれませんね)」

 父を切り捨てようとしていたシアンだが、今まさに不可能と思っていたことが実現したとあっては、簡単に諦めては示しがつかないと考えたようだ。

本隊と防衛部隊が合流した後、両部隊が無事に首都へと戻る為の策を詰めるべく、頭を急速に回転させ始める。


 その時、彼女の頭には聞き慣れた呼び出し音が響いた。


「……まさか」


 外を見ると、雨は既に止んでおり、雲の切れ間からは仄かな日の光が差し込んでいた。

 それが転機であるかのように、錆びきって動きを止めていた歯車が回り出し、閉塞的だった状況が急激に好転し始めた。


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