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「エルズ、そろそろ?」
「……ええ、お願い」
引きずっている親友を気を使ってか、ティアが周知の任を負った。
「そろそろ残っている人も逃げて。走って追いかければ、先に行った人達にも追いつくはずだから」
「でも、二人は!」とカイト。
「……それも心配ご無用。こっちの体力が限界だから、もう時間稼ぎできないってだけ。少し戦ったら、すぐに逃げるわ」
いかにもこの場で尽きるまで戦う、といった者の言い分だが、彼女の疲労具合は言葉を嘘にしないだけの現実味を帯びていた。
ただし、《水の月》はこれを疑いもしなかったらしく、未だに剣を構えていた精鋭兵達を引き連れて撤退を開始する。
フォルティス軍に多大な被害を与えたとはいえ、敵軍の消耗も相当なものだった。
自ら策による犠牲ではあるが、全滅という未来が分岐上に存在していたからには、これでも奇跡的状況といえる。
ただ、相手はやはり賢く、戦闘を中止するような素振りを見せ始めた。
部隊の逃亡が確認された時点で、背後から追撃を行うのが定石という風にも思えるが、自軍の疲労度を考慮すれば余計な被害を増やす結果に繋がりかねない。
なにより、この場にはまだバグの大群が残っている。自ら手を下さずとも、追い打ちを行う戦力には十分と判断したのだろう。
「ティア、今のは聞いた?」
「うん。逃げるんだよね」
「そうよ」
老婆心からか、撤退を行うことを確認したエルズだが、彼女の予期した通りに渡り鳥は疲れを知らぬといった様子で伸びを行っている。
「私はもうちょっと戦いたいかなぁ」
魔物はじりじりと距離を詰めてくるが、相棒の調子に変わりはない。
「(まったく、ティアったら相変わらずね)」
明確に呆れを示すような仕草を見せながらも、彼女は笑みを浮かべた。共に幾多の死線をくぐってきただけに、もう諦めがついていると言わんばかりの反応だ。
「もうそろそろ、フォルティス王の部隊が合流するわ。シアン姫から頼まれた役目はここまでよ」
疲れからくる逃亡の理由付けにも聞こえるが、この命令は実際にシアンが行ったものである。当然だが、ティアもそれを聞いている為、その場限りの言葉ではないともわかっていた。
本隊と警備軍の戦いを止める任務から、緊急的に防衛部隊の救援へ向かってほしいという要求に変わった時点で、具体的な引き時が示されていた。それこそが、本隊と防衛部隊が合流するまで。
ゆえに、この場で敵を殲滅したとしても、それはシアンの求める行動ではないのだ。
「うーん……じゃ、エルズの言うとおりにするねっ!」
魔女に相応しく、やつれ顔になっていた相棒が安堵したのを確認すると、渡り鳥は数歩前に進んで魔物達へと拳を向けた。
「とりあえず、この分だけは蹴散らしておくねっ!」
「はぁ──それでこそティアだよ! エルズも最後まで付き合うから!」
自棄気味に大きな声を出し、エルズは戦う気に満ちていたティアの横に立った。
互いに顔を見合わせた後、二人の少女はそれぞれに駆けだした。




