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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
620/1603

11e

 それぞれに動き出す作戦会議室の中、シアンはただ一人、顔色を変化させていた。だがそれは青ざめる類のものではなく、不明瞭な情報が想定の範疇に収まった安堵の表情だった。


「みなさん、防衛部隊のもとに魔物が現れました」

「姫の読み通りですか」

「はい。大型の魔物が三体、小型の魔物が推定二百……藍色の個体が見られないので、恐れていた事態には至っていません」


 このような絶望的な状況で毅然としている姫など、この場の全員が想像できるものではなかっただろう。それがあのシアンだったのであるならば、なおのことだ。

 作戦などで支援を行う会議室での問題を越え、戦場で現実としての戦いが起きている。それにもかかわらず、このように冷静な態度をとるには相当な精神力が必要だ。


「姫……既にあの場では三千人規模の軍勢と交戦中なんですよ。闇の軍だけであれば対処も可能ですが、そこに魔物ともなると」

「防衛部隊にはカイトがいます。撤退であるならば、これでも十分に対応が可能です」


 防衛部隊は人数にして五千人近くが動員されているが、それらは補給もろくに受けられていないという状況で疲弊しきっている。

 いくら《水の月》という一騎当千の存在があったとしても、どうにかできる問題ではないだろう。掃討の必要のない撤退戦であっても、この見解に大きな変化はない。

 挙句に、彼の特異性を理解している人間は少なく、ただ生き残ってきた強い兵という認識が標準であるからに彼女のような余裕は存在していなかった。


「頼みの本隊も警備軍と接触してしまったからには……戦いが始まってしまったとなると、王がお気づきになっても助けには……」

「警備軍は専守防衛、こちらが休戦を申し込めば受け入れるでしょう。本隊との合流もそう遠くはありません」


 希望的観測にすぎない、と彼女に心酔し始めた者達でさえ思う状況にあって、歌姫は不安を一つも抱いてはいなかった。存在していたのは、罪悪感くらいのものだろう。


「(ライカちゃんとの約束を破ってしまったからには……防衛隊は確実に逃がしきりますよ)」


 そう、彼女の当初の目的は両国の戦いを未然に止めることだった。ただ、それがなされなかったのは現状を見れば分かるだろう。

 しかし、それはできなかったのではない。取捨選択の結果として行わなかったのだ。


 戦場の状況を憂い、不穏な空気に包まれ始めた場を浄化すべく、シアンは口を開いた。


「わたしが先ほど、奇妙だと言ったことは覚えていますか?」


 その一声で不安を増長させる喧噪は静まり返り、皆は無言のままに肯定を示す。


「あの言葉で本当に言いたかったのは、闇の国が魔物と意志疎通を図っているのではないか……ということでした」

「それは……当たり前のことでは? あの国と魔物の関連については自明の理であるかと」

「あちらの国の状況がしれない今、それを断定できますか? 魔物は各地を無差別に攻撃し、闇の国はそれに便乗しているだけで、彼らの国も襲撃されている可能性も否めません」


 誰もが当たり前と軽視しているが、この関連性というのは非常に重要なところだ。魔物と戦う機会の多い光の国でさえ、その探りを進めていることからも明白だろう。

 同時に、彼女の推測もあながちあり得ないこともでなく、もしもそうであれば魔物の問題に限って(・・・・)はすぐに解決ができる。


「ただ、今回の攻め方は明らかにこちらの動きを知りすぎています。その上、魔物と闇の国は協力体制を築いているように、同時の攻撃を仕掛けてきました」

「……まさか、闇の国が任意で魔物を操れるようになった、と?」


 当然のことを言っているように聞こえるが、水の国に限らず、魔物の知性を認めている者は常に少数であった。

 故に、誰もがシアンの述べたあり得ない想定の一部──魔物が勝手に暴れ、闇の国が便乗しているという部分だ──を信じ切っていた。

 意志疎通を図っているというのは、相手が高い知性を持つこと、人間側の事情が筒抜けになっていることを示していたのだ。


「はい。ですから、魔物は部隊が疲れ切るまで眷属を小出しにしていたのでしょう。そして、補給がくるはずの三日目──油断しきった本日に総力戦を仕掛けてきた……ということですね」

「……? ですが補給については、そもそも交渉にさえ成功していないはずでは」

「はい。フォルティス王の統治下では民が協力するはずもありません。それも分かり切っていました」


 そもそも、補給を行うと約束したのはフォルティス王であり、その当の本人が交渉もせずにさっさと出撃してしまったのだ。その点でいえば彼女に責任を問うことはできないだろう。

 さらに言えば、王の代理を買ったのは城に待機していた文官だったが、当たり前のように失敗に終わっている。ただし、その報告は志気減退を恐れ、封じられることになったのだから、彼女個人でどうにかできる問題ではなかっただろう。


 ただし、それによって防衛部隊は来ると信じ切った状態で戦えた。事実とは異なる事情を本当だと信じ切っていた。


「……つまり、身内に裏切り者はいないと」

「そうですね。戦場で直接、今後の予定を調べたのでしょう……三千人規模の部隊ともなると、気づかせることもなく情報を引き抜ける術者もいることでしょう」

「なるほど、だから魔物と闇の国が繋がっていると読んだわけですか」


 これで、あまりにも出来過ぎたタイミングでの襲撃理由が明らかとなった。だが、それで納得する者達ではない。

 それが分かったとして、現状はなにも変わらない。具体的な対応策を考えなければならないのだと、誰もが理解していたのだ。


 だが、姫がこのような状況で推理を話し始めた意味に、少しずつだが気付き始める者が出てきた。


「姫様、あなたはこうなる以前からこの状況を想定していた、ということですか?」

「もちろんです。ですから、事態を打開する一手を既に打っています」

「それは……」


 期待の目が向けられる中、彼女は誇らしさを覚えながら、その言葉を紡いだ。


「かの戦いで魔物二体を撃破した二名の冒険者……《カルマ騎士隊》に救援をお願いしました」


 首都防衛戦と同等の戦いを予測し、実際の戦力に安心した理由はここにあった。

 本来ならば両軍を足止めするはずだった者達は、緊急事態に対応して超特急の援軍に姿を変えたのだ。



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