表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大空のフィア  作者: マッチポンプ
前編 七人の巫女と光の皇
62/1603

8

「それは、敵対者に襲われるからではないのですか?」


 フィアが過去にどのような目にあったかは、以前に聞いている。いくら酒を入れているとはいえ、それを忘れるような人ではないはずだ。


「それは表向きの問題だ。国の貴族にもそう通してある」

「……では、フィアの脆弱性、ですか」

「そうだ」


 表情では見せなかったが、少し声色が変わった。俺がそこまで気付いていることに驚いたのか。


「あの子は昔から変わっていた。以前の巫女はほとんど全員、とても明るい子だった」

「フィアは明るい子とはかけ離れていますからね」

「そうだ。しかし、六歳になってから急に性格が変わった。それ以前は子供らしくもない、病気とすら思うように暗い性格だった」

「問題は、二度目の性格変動が起きた、というところにあるのですか?」

「いや……そうなのかもしれないな。その時には歴代の巫女とは違うなりに、少女らしさを持っていた。だが、その頃だ――フィアは自傷行為を始めた」


 それがフィアの抱えていた闇の正体、か。

 ビフレスト王はグラスを傾けながら、話を続ける。


「最初こそは転げまわったり、危なっかしい程度だった。しかし、次第にそれが過激化していき、窓から落ちる、自分の身を傷つける……そんなことを始めた」

「奇妙な行動ですね……好転してその状況、ということですよね」

「だからこそ、私も頭を悩ませた。止むなく、フィアに監視を付けてそうした行為を完全に封じた。それからは、君の知っている通りだ」


 心理的に、自傷行為を行う者は注目してもらいたい、という意思を持っているという。ビフレスト王の様子を見るに、愛がないというわけではないだろう。

 ともなれば、また別のものがあると思える。それこそ、誰かに助けてもらうことを待っているかのような……。


 俺は軽く頭を振り、「こちらではそのようなことが起きないように計らいますよ」とだけ告げた。


「人生は短い。私としては大事な時期を他人に預けたくはないが、幸せに生きて欲しいという親心もある……任せたぞ」


 俺は静かに頷き、自席へと戻った。

 再度暇になり、さて何をしたものかと考え始めた時、不意にフィアの姿が見当たらないことに気付く。

 ただ、気配が分からないわけでもなく、俺はこっそりと会場を抜けだしてバルコニーに出た。

 月光で照らされた白い肌。靡く金色の髪が煌めき、異様なまでの美しさが演出される。


「フィア、何しているんだ」


 瞬きをした後、俺はゆっくりとフィアへと近づいていく。


「別に……外の空気に当たってただけ」

「そうか、なら俺と同じだ」

「……嘘ばっかり」


 フィアは俺の方を見てくれない。バルコニーは城下町の主となる方角には向いておらず、時間相応に暗くなった家々、遠くに見える森、天に煌めく月くらいしか見えない。


「どうにも、ああ言う場はなじめない」

「王としてどうなのよ、それって」

「やろうとすればできるさ。ただ、どうにもそんな気になれなかっただけだ」


 フィアの真後ろに立って時点で、俺は彼女の肩を抱いて俺の方に振り向かせた。

 目を閉じていた。ぎゅっと閉じ、何も見ないようにしている。

 いや、これはただ待っているだけなのかもしれない。俺の口づけを。

 意を決し、唇を近づけた瞬間、フィアは俺の頬を叩いてきた。


「みんなから聞いた。あなたが別の国でなにをしてきたかを」

「うーむ……なんだったかな」

「とぼけないで! あなたは子供に目を付けて、襲い続けてきたじゃない。私だけじゃない、誰でもいい……違う?」


 なるほど、妬いているのか。本当に、子供だな。


「物語の王子様は一途だ。だけど、現実の男はそうじゃないんだ。だから、俺が特別に変というわけでもない」

「……不潔よ」

「そうかもな」

「最低」

「かもな」

「大嫌い」

「そう言われると、少し悲しいな」


 フィアはまた、目を閉じた。


「本当に悲しいのね」

「嘘はつかないさ」

「嘘ばっかり」


 しばし見つめ合った後、俺はフィアの体に触ろうとした。


「だから、やめてって言ってるでしょ!」


 橙色の《魔導式》が展開され、俺は咄嗟に一歩下がった。だが、再びフィアに近づく。


「俺はフィアと仲良くしたい。ただそれだけだ」

「嘘つかないで!」


 《魔導式》が起動し、橙色をした光の糸が近づいてくる。天ノ三十三番・線断(ワイヤーセパレート)だ。

 命中すればとんでもないことになるが、今の俺からすれば大したものではない。

 右手を構え、迫る攻撃に備えた。


「《救世(セイヴァーリパルス)》」


 右手の甲に刻まれた紋章が輝き、白い光の糸を発生させ、術を対消滅させる。


「当たると危ないからこういう術は使うなよ」

「なんで、なんで使ったのよ!」

「そ、そりゃ危なかったからだな……いや、避けられはしたが」


 予期せぬ怒り方に、俺は驚いてしまった。そこまで怒らなくてもいいだろうに。


「《皇の力》は神が与えた力なのよ。だから、あなたの私用で使うようなものではないの!」

「ま、まぁそうだけどな……いや、一応は命を守る為に使ったと思うんだが」

「なるべくその力は使わないで」


 茶化して終わりにしようとしたが、あまりに真剣なフィアの表情を前に、俺は黙りこんでしまった。


「約束して」

「……その前に、この力の正体を教えてくれ。他の巫女からはフィアに聞けの一点張り、まだ俺は何も知っちゃいない」


 フィアは小さく頷き話し始める。


「《皇の力》は神から与えられた権能の一つ。魔を封じる力よ……ただ、本当なら《魔封(ヘブンズシール)》になるはずだったんだけど」

「その名だ! 先代の善大王が使っているのを一度だけ見たことがある」


 もしかしてそれかもしれない、とこっそり試したが、何も発動しなかった。こっ恥ずかしくなったのでそのまま隠していたが、どうやら当たってはいたらしい。


「私の一存で力に手を加えたのよ。《星救(ロストスターサルヴァーレ)》という術と――いえ、蛇足ね」

「つまりなんだ……この力は神のものだけじゃないってことか?」

「ええ、そういうことよ。かなり実験的だったから、あなたが死ぬ可能性も十分にあったわ。知っていたらしなかったかもしれないけど、成功したから問題はないわね」


 善大王を殺しても何とも思わない辺り、ビフレスト王の言っていた通りに、危ない子なのかもしれない。


「それで、何で魔物を一撃で倒せたんだ?」

「本来の力もそうだけど、この力は負の力を打ち消すものなのよ。攻撃性を持った術にも含まれている力だから、術も無効化できるというわけね」

「その、なんだ……負の力っていうのは?」

「裏側の世界に存在している力よ。善悪で言えば悪に含まれる力ね……魔物の場合は肉体の全てが負の力で構成されているから、条件を無視して倒せるわけ」


 なるほど、話しは掴めてきた。だとすると、俺のこの力は魔物戦において最強ではないか。

 どんな強い魔物が現れようとも、問答無用で倒せる。


「……一応忠告しておくけど、魔物が現れてもなるべく使わないようにして」

「ああ、心得ておくよ」


 そこで話を切り、俺は別の話題を出した。


「フィアを外に連れ出してもいいことになった」


 その言葉を聞いた途端、フィアの目が煌めいた。


「それ、本当なの?」

「ああ、俺の保護下で、だがな。気に入らないかもしれないが、我慢してもらうぞ」

「……あなたとずっと一緒、ということ?」

「仕事があるからな、ずっとではないが、大抵の場合は俺がついておくな」


 ビフレスト王から任されている以上、誰かに頼んだりはできないだろう。まったく、負い目があるとは言え、皇に子守を任せるなんて滅茶苦茶だ。


「そう、なんだ」

「……そういえば、フィアにお土産があったな。ついてきてくれ」

「えっ」

「水の国で買ってきた土産だ。俺に会えなくて寂しかろうと思ってな」


 軽口を叩いてみたが、フィアは何も言い返してこなかった。


「それで、どこにあるの?」

「興味はあるんだな。よし、じゃあ付いてきてくれ」


 会場に戻ると、全員がべろんべろんになっていた。ビフレスト王が扇動したのだろう。

 肝心のビフレスト王も顔を真っ赤にし、俺達に気付いている様子も見せなかった。

 城を出て、裏の森に向う。以前に来た場所だ。

 森の中に隠していた木箱を開け、中に入っていた服をフィアに手渡した。


「ほら、フィアに似合うと思ったんだ」


 大人は多少の嘘をつく。でも、気付かれなければそれは醜く映らない。


「まぁまぁ……ね」


 フィアの頬は僅かに紅潮していた。きっと嬉しいんだろう……分かりづらい反応な辺り、勘違いされてきたんだろうな。


「着てみせてくれないか?」

「ええ、じゃあ城に戻って――」

「ここで着替えてくれよ。大丈夫、誰も見てないさ」

「でも、あなたが……」

「駄目、か?」


 しばし迷うような素振りを見せ、フィアは口を開いた。


「明日、着替えて見せてあげるわ」

「おう、楽しみにしているよ」


 俺は喰い下がらず、そのままフィアの言葉に従った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ