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──天の国、北東部の城ブラフマーにて。
「……このような額を支払うなど、正気を疑うが」
「両国の関係を鑑みれば、順当な額だと思われますが」
「いや、こちらとしてはライトロードと組むことに異存はない。だからこそ、そちらの民は納得しているのか、と聞いているのだ」
シナヴァリアは計画のあらましを城主に話していた。
彼は天の国でも有数の貴族であり、大権を振るうルスナーダの城主に対抗しうる者だ。それであって、戦中においては東方から襲来する魔物を迎撃しているというのだから、実質的影響力は屈指といってもいい。
この相手を味方に引き入れることさえできれば、両国の同盟は急接近することになる。
宰相としての彼は、その目的を果たす為には手段を選ばない。対象から選択肢を剥奪し、自分の敷いた筋書きに乗せることを彼は好んでいるのだ。
「現状では、おそらく理解できることではないでしょう。むしろ……今は内情を伏せた方がいいかと」
「ほう、それはどういう意味か」
「ライトロード内も味方だけではないということですよ。侵入している外敵もそうですが、善大王様不在の今では、身内もいつ敵に回るか」
「自らの弱みを晒すか」
「あなた様を信じての発言、として受け取ってもらっても構いませんよ」
言葉の意図を察してか、ブラフマーは沈黙した。
「宰相殿はこの同盟の締結が、虫を払うことに繋がると?」
「無論、そのように考えています」
「……分かった。では、提案を呑もう──しかし、注意こそはしたが私の方も入り用でな、受け取れるものは受け取っておこう」
「心得ています。提示額の十倍といったところですか」
「十一倍……十二あれば余裕が生まれる」
「なるほど。では十三をつけます、その代わりになるべく早く根回しを……今は一刻を争う事態なので」
「了解した」
まさに、捨て身の作戦ではあった。
此度の交渉において、最も重要だったのは彼を味方に引き入れることだった。その成功はつまり、天の国の半数近い意見を掌握することに等しい。
いくら王が絶対的な力を持つ国であろうとも、ここまで極端な偏りを生み出してしまえば、王の絶対性は薄れる。
付随して言えば、ビフレスト王ならば二カ国の同盟に異をなすことはないだろう。つまり、彼の足を引っ張る貴族陣営から力を削ぎ取れば、労せず……そして短期間中に二つの国は結束することになる。
善大王、天の巫女という二名の超級戦力を欠いている光の国からすれば、話し合いの場などで消費される数日さえ命運を分けるのだ。
それが民衆──ある意味で言えば、三派閥の貴族もこれに含まれる──に理解されないと読んだシナヴァリアは、指摘された通りに説明を行わず、内密にことを進めていたのだ。
要件を終えたことでその場を後にし、馬車に乗り込もうとしていた彼は、けたたましく鳴り響く通信に応えた。
「私だ」
「……宰相殿、急で申し訳ないのだが、講義を開いてはもらえないだろうか」
その声はタグラムだった。冷血宰相はこの男を好いていないことも相成り、間の悪い妨害に苛立ちを覚える。
「次回の日程も伝えておいたはずだが」
「無論、心得ておりますとも。しかし、前回に参加しておらず、次回にも参加できない者でしてね」
「……兵か」
「将来的に士官となる子息達ですよ。希望者は三十を越えていますが、なにぶん彼らも兵として戦う役目もありますのでね」
全く持って無駄だ、と彼は内心で思っていた。
後続の指揮官を育てるという部分については、最初の提案を呑んだ時点で意義を見いだしていたことが分かる。
ただし、後続のさらに後続ともなると事情が違う。
「(そうなるまで戦争が長期化すれば、国が終わるのもそう遠くはない。人員不足でその三軍相当の将校が陣頭に立つような事態は、想定することもはばかられる最悪の状況だ)」
つまり、戦争においては何の役にも立たない戦力を、このただでさえ忙しい時期に育成しろと言われているに等しい。
それこそ平時であれば、貴族達のご機嫌取りで承諾することもあるが、同盟締結で余裕のない時期に行うのは合理的ではなかった。
「そのようなことは無駄だ。する必要を感じない」
「無駄? 無駄と申しますか……宰相ともあろうお方が、最悪の事態を想定しないというのは怠慢なのでは」
「……分かった」
向こう側で下卑た笑いを浮かべていることを分かりながらも、シナヴァリアは声色に感情をしみこませないままに会話を終了させた。




