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「雷の国が行った見逃し……敵国の部隊をこちらの国に通した件、改めて説明してくれませんか?」
「追及のつもり? 子供同士でやることじゃないし」
「わたしは子供同士の話だとは思っていませんよ。ことの始まりを確認することは、両者にとっても利に繋がると思いますが?」
いままでのシアンは、あくまでも弱虫と呼ばれていた時代に近いやり取りを行っていた。
あくまでも叱責を避け、ことを穏便に進めようとする会話がまさにそれだ。しかし、ここで彼女が口にした事件の説明要求は、相手を責める為に行うものといっても過言ではない。
ビクビクして臆病風に吹かれていた彼女とは違う。戦争の中で研ぎ澄まされ、正確さを増した追及と言える。
「……はいはい、勝てねーって思ったから見逃した。それで構わない? こっちだって戦力にヨユーがあるわけじゃないんだし、そんくらい構わないっしょ」
「それは事実ですか? ……だとすれば、あの部隊と行動を共にしていた《不死の仕事人》はどう説明をつけるつもりです?」
これはラグーンがアカリを雇っているのではないか、という不確定な事実を確定させる問いだった。
なまじ周知の事実というだけに、こうした意図を含ませていることを談じることもできない。ライカはそれにすら気づいていない為、無意味ともいえるが。
「あの女が雷の国に雇われていたのは事実だけど、あの部隊を手伝えなんてことは言ってねーっの」
「部隊がまた自国領に戻ってこないかを見張らせる為……と考えれば、辻褄は合いますが──いえ、あの女性が奇妙な行動をしている点はこちらも理解していますよ」
このまま話が続けば、自分がボロを出すと気づいたのか、ライカは切り替えと疑問の解消を目的に転換を図った。
「んなことよりよ、あの部隊の大将と副官、いまはどうなってんの?」
「どうして気になるのですか?」
「いや、ただのキョーミホンイだし。で、どーなのよ」
「……このような状態になっているのでおわかりかもしれませんが、王はかの部隊を無視して、ラグーン侵略作戦を進めています」
本当に興味本位でしかなかった発言は、本人も予測しなかった弱点を探り当てた。
「(ラッキー、このまま黙らせるし)」
ここにきて、電撃姫は異名に相応しい傍若無人さを取り戻し、高笑いをあげた。
「キャハハ、アンタのところも人のこといえないじゃん。メンドーだから見逃したってんなら、むしろアタシんところよりもっとタチわりーじゃん! おもしろーっ」
自分のことでもあるにもかかわらず、ライカは攻めの側にある愉悦に酔っていた。
いくらシアンがかつてとは違うとはいえ、このような提案をするからには気を使わざるを得ないと分かっているが故の、安全圏の快楽。
ただ、ここまで露骨になればシアンも言い返しの札を切ることもできる。一連の会話で、ラグーンが完全な黒であることも確定できていた。
「……そうですね。両国の争いを止めたいといいながらも、戦いたいと願う父を止められなかったのは、ほかでもなくわたしの責任です。本来ならば、わたしたちが協力して倒さなければいけない闇の国を見逃したことについても、人のことをいえませんね……本当にごめんなさい」
いくらでも反撃のしようのある場面で、彼女は謝罪を選択した。
自らの非を認め、憎むべき国を相手にしてそれを行うなど、なかなかできることではない。それも、ライカがこの態度であるのだから、なおさらだ。
「戦争を終わらせる為にも、味方同士の争いはなんとしてでも止めたいのです。だからお願いします、ライカちゃん……わたしを信じてください」
頭を下げるシアンを見下ろし、雷火と揶揄されている少女は思案した。
「(本当にずるい真似をするし……自分の国がやったことがどれくらい悪いかなんて、アタシが一番理解してるっての)」
悪態をつくようになったライカだが、それは反抗期の子供と大差ない。
彼女は未だに子供であり、であるからして本当の悪党を演じることはできなかった。感情を出さず、むしろ自分の利を喜ぶような──ごく標準的な大人にはなりきれていないのだ。
「……チッ、はいはいわかりましたよーって。やりゃいーんでしょ」
「ありがとうございます!」
涙を溜めながらも、満面の笑みを浮かべたシアンに悪気を感じたのか、ライカは目をそらした。
「それがセカイの為ってんなら、あの淫乱も口うるさく言ってきそーだし、それが面倒ってハナシ。あんたの顔を立てたわけじゃないから……勘違いすんなし」
「それでも、ありがとうございます!」
こそばゆさの最中、彼女は姫としての考えを不意に思いだし、押し込むように口を挟んだ。
「ちょい待ち、条件の追加があるから。もし止めることができたなら、その時はラグーン王を立ててくんない? あのヘンタイを寄越したのも、ウチの王様の手柄ってことで……できないっていうなら──」
「はい、分かりました」
この即答が全ての返答となった。
シアンは自分の利益などではなく、本当に世界の平和を目指していると証明したのだ。




