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「ライカちゃんには、フォルティス軍と戦わないでもらいたいのです」
ただ一言の要求だが、そこに含まれる重みは尋常ではなかった。それだけに、ライカも驚きを通り越し、怒りを抱くほどである。
「あァ!? そりゃなに、大事な生まれ故郷が蹂躙される様をとくとご覧くださいって? ふざけるのもたいがいにするし」
「いえ、そうならないように、わたしがフォルティス軍の戦力をお教えします」
「……どういうことか説明するし」
「はい。フィアちゃんとティアちゃんが協力してくれる、ということについてはお話しましたね。お二人には両軍の衝突を防いでもらうようにお願いしました。善大王さんが到着すれば、きっと王も侵攻を止めざるを得なくなるはずです」
「それで?」
「ですから、その間に多くの犠牲者を生み出さない為、ライカちゃんには手を出さないでいただきたいのです」
「ま、アタシがでたら両軍に凄まじい被害を与えるなんて造作もないし──一方的にそっちをたたくことだって、かるーくやれるし」
これで説明が完了したと判断したのか、シアンは本題に移った。
「国境防衛に向かう部隊、そちらは囮です」
「……囮? アタシの読みが外れてたんなら、注意を奪う必要なんかないんじゃねーの?」
「本隊は別に用意しているのです。もちろん、囮の方にはカイトがつけてあるので、こうしてわたしが言わなければ、別働隊がいるなんて想像もできないでしょう」
カイトの名が出された時点で、電撃姫の表情が曇った。
「あの異世界人を利用してるってわけ?」
「わたしも、このような戦いには巻き込みたくありませんでした。ですが……」
「《選ばれし三柱》をこんな身内沙汰で使うなんて、常識を疑うし」
アカリが行った所行を知っているだけに、シアンは言い返したい欲求を強く覚えた。
だが、彼女の言い分については同意するところが多く、この決定自体がフォルティス王の制裁行為で、無駄でしかないとも分かってる為に反論は押しとどめられる。
「話を戻します……そして、こちらの部隊──特に本隊の方につきましては、北西部から……そうですね、ボルストを経由して雷の国の領土に侵入します。対魔物戦用の軽装備である為、行軍の速度もかなり詰めているとお考えください」
「……避ける前提の軽装備なんて、国攻めをするにしてはあんまりに杜撰じゃん。バレないように早くしたいってのは分かるけど」
「事情もそうですが、警備軍への対策を重視してのものですよ。宝具である銃も、能力者達も……それらに対しては従来の戦術は通用しないと心得ています」
従来の戦闘──国家間の大規模戦は数えられる程度だが──において、重装備は近接武器を防ぎ、弓矢の殺傷力低下に活躍していた。
ただし、異世界の未知な技術を用いた銃器は弓矢とは話が違い、鉄板でさえ貫通される危険性がある。その上、攻撃の直撃自体が打撃武器に相当するというのだから、重量の増加は枷にしかならないのだ。
能力についても、未知が付きまとう力を相手取るならば機動力が高い方が優位に働く。
これらを総合するに、フォルティス軍の決定はさほど外れたものではない。むしろ、既存の常識に縛られない為、合理的な選択を実行できていると言える。
「ここまでの情報をばらすなんて、アタシが提案を呑まなかったら大損じゃねーの?」
「はい。ですから、《星》の仲間であるライカちゃんを信じて、こうしているのです」
ライカは人を疑わない純粋無垢さ──というより、馬鹿正直さを眼前の相手から感じ取ってはいない。
提供された軍の情報は、聞くだけであれば非常に決定的で、致命的なものだった。ただ、それは事実であればのこと。
詳細な情報を確認していき、その地点を重点的に防御すれば絶対的な優位で戦える。逆に、全くの嘘であった場合、軍隊を素通りさせることになるのだ。
「……アンタの言いたいことは分かったけど、こっちのことを考えるのを忘れてるんじゃん? アンタはさっき言ったけど、犠牲を増やさない為って、それはソッチの犠牲なんじゃねーの? こっちの軍隊がどうなろうと、知ったこっちゃないって?」
「いえ、そんなことはありません」
「ハッ、よく言うし。ウチの兵隊が弱いわけじゃないけど、アンタんところは軍事国家じゃん? それじゃあそっちが有利って想定になってるんじゃねーの? そこんところどうなってるのか教えるし」
傲慢さを欠かしていないが、確かに正論ではあった。
警備軍の急激な発展は内々に進められていたものであり、対するフォルティス軍はオープンで軍事国家化を表明している。
戦力差を考えるに、武力特化部隊の時間稼ぎを行うのは容易くないのだ。
「いくら優秀な軍隊であっても、戦術が筒抜けならば恐れるものではありませんよ。それはそちらの国の軍師に聞けば分かることです」
「弱虫シアンが知ったような口を叩くなし! アンタの読みが正しいなんて信じられないし!」
「……ですから、二人がいるのですよ。軍隊を相手にしても劣ることのない、《星》の二人が」
お転婆なライカも、こうなると言い返せなかった。
二名の参戦はフィアに聞けばすぐ分かることであり、そのようなことを偽るほどシアンが浅はかではないことも理解していた。
沈黙の中、二人は睨み合う。子供同士の喧嘩とは違う、視覚と感覚で印象に大きく差異が生まれるような場面だ。
その言いしれぬ緊迫感を破り、先を取ったのは……弱虫と揶揄された少女だった。




