雨と雷乱れさせし暗雲
大規模な魔物の軍勢が首都を襲うという、大陸内の小康期に発生した大事件はすぐさま知れ渡り、冒険者ギルドの結束もそれと同様に広まった。
王が本命としていた他国への威嚇に関しても同じく、内々に調査を行った各国はフォルティス防衛戦に軍が大きく関与していることを知った。
ラグーン首脳陣はこの件で両国間での争いが中断するのではないか、という見込みを立てていた。
正確には中断ではなく、見立てが違っていたというべきだろうか。魔物との戦いをここまで円滑に行えたという時点で、かの軍が侵略を企てていたかどうかは怪しい。
対魔物、対人、その両方には天と地ほどの差が存在しているのだ。軽装備と重装備というのが最たる部分だが、戦術や立ち回りも正反対と言える。
もしも他国に攻め込むのであれば、それらの変更に対応できるように訓練を行わなければならない。部隊規模ならばともかく、軍団単位で切り替えるとなると相当な準備が必要となるのだ。
つまり、フォルティス王の目論見は実を結んだと言える。あの予期せぬ一戦を利用し、攻め込む相手に絶対的な油断を与えた。
これはそういった時期の話である。
誰も関与せず、ことがそのままに進もうものなら、六大国家の一つが滅亡するという──時代の転機だ。
「ライカちゃん、そちらの方針を教えていただけませんか?」
花畑の中、シアンはそのような問いを投げかけた。
各国が内情を秘匿しているという現状を鑑みるに、この問いは不毛でしかない。なにより、水の国が攻め込むと警戒していたライカからすれば、わけの分からない言動なのだ。
「ハッ、なんでアンタなんかに答える必要があるし」
「……フォルティス軍が侵攻を行わないと想定し、対策戦力の全てを魔物に割く……といったところでしょうか」
自国で決定されたばかりの事項が筒抜けになっていると思い、ライカは不意に反応を示してしまった。
これこそが両者の絶対的な差であり、付け焼き刃と長年の経験に裏打ちされた関与の差でもあった。
「これはわたしの推測に過ぎませんが、ライカちゃんの様子から見るに、どうやら的中しているようですね」
「ッ……なーる。アタシをハメやがったってことね。まーアンタは昔っからこういう狡い真似が得意だったし、アタシが甘かったってことじゃん」
「単刀直入に言います。水の国は侵攻を中止していません……おそらく、当初の想定から少しズレた日程で攻め込むことでしょう」
当初の想定、というのが雷の国側の想定であることは、ライカにも分かった。
狡いなどと侮蔑してみせたが、《星》として関わりを持っていた彼女はシアンの実力を知っていたのだ。
戦闘ならばともかく、こと頭脳戦において彼女は《星》でも随一なのだ。
──ただし、ライカがそれを実感したのは遊びの最中であり、頭脳戦とするには少々大仰ではある。
「ほー、そりゃすごい情報じゃん? で、なんでアタシにそれを言ったし」
「ライカちゃんは《星》の仲間ですから。話せば分かると思いました」
「へぇ、残念ながらアタシはそこまで善人じゃねーの」
そう答えながら、彼女は相手の思惑を探ろうとしていた。
この場において両者──主にライカがそう考えているだけだが──は仲間などではなく、敵国の代表各でしかない。
「ま、どーせアンタのことだし、アタシをだまくらかそうってところっしょ? フォルティスは攻めてこない。でも、雷の国にはそれを警戒させたいワケ──こっちの対策戦力をアンタらに割かせたいってところじゃん?」
彼女は国の内情に関わることも多く、いまでは多少頭を働かせることも可能になっていた。
そんな彼女が導き出したシアンの狙いは、見せかけの威嚇だった。
雷の国はディードの部隊を見逃すことにより、結果的に水の国へ被害を与えた。ただ、これは彼らが勝手に行ったことであり、ラグーン王の意図とは反することである。
それこそ、常識知らずのフォルティス王でさえなければ、叱責を行うこともできない場面。もしくは、叱責がやっとな場面だ。
今回はその逆、と彼女は読んだ。
シアンを通じ、ラグーン側に一度は解除させた警戒を再び行わせる。一見するに、これは無駄な作戦のようにも思われるが、こうなると使用できる戦力の何割かが削られる。
兵力が万全でなくなれば、必然的に魔物や闇の国に遅れを取ることになるだろう。そうなれば、水の国は手を汚さず、かつ労することもなく報復を行うことができるのだ。
まさしく意趣返し。当の本人が悪事を自覚しているからこそ想定できる戦略と言える。
「……たしかに、王が常識を持っていればそのような手を取るかもしれませんね」
「はぁ? ジョーシキなんてなくても攻め込むワケねーじゃん。そんなことしたら、一気に闇の国と同列、人間の敵とされるのが関の山だし」
そう、常識を考えれば攻めることはできない。それをすれば最後、暗黙の了解として成立している各国の不干渉が解除され、水の国も敵対国家として認識される。
……ただし、それは常識の上──自国を守れればいいという停滞思考に裏打ちされたもの。
「フォルティス王は、その敵となることを望んでいるのですよ。国々が争うような事態を、むしろ望んでいるのです」




