5
「その子を、離してくれ」
「ハッ、この子は天の国の姫様だろ? 離すわけきゃねえよ」
だろうな。俺が同じ立場ならそうしていた。
「善大王……助けて」
俺は覚悟を決めると、《魔導式》を展開した。フィアの身に危険が降りかからない程度に、あいつを一撃で沈める火力を叩きこむ。
「こいつがどうなるか分かってるのか? さっさと解除しろ!」
フィアの首にナイフが突きつけられた時点で、俺は《魔導式》を解除した。
「金なら払う。だから、離してやってくれ。頼む」
「兄ちゃんみたいな若造が払える額じゃなぁ……俺は国から大量の金を奪い取ってやるのさ」
懐にしまっていた札束を取りだすと、それを男の前に投げる。
平民ならば数年は豪勢に暮らしていけるだけの金。身代金としては安いが、決して無視できるものではないだろう。
男はフィアを人質に取ったまま札束を拾い上げ、下卑た笑いを浮かべる。
「返すとは言っていねぇな。こいつは俺が――」
「《光ノ百十番・高破光》」
詠唱した途端、札束が黄色く輝き、術が発動した。
かなり滅茶苦茶な手だが、こうすると存外気付かれない。相手が術のエキスパートでない限り、だが。
「なっ――《魔導式》もなく百番台だと!?」
術発動のチャージタイムとして、凄まじい閃光が発生する。それを攻撃前兆と判断するのは素人でもできる――だからこそ、これで決着だ。
「こ、こんなガキに命賭けられるか!」
男はフィアを突き飛ばすと、そのまま逃げていく。しかし、俺が逃すはずがない。
本来、《光ノ百十番・高破光》はチャージ終了後に直進の光線を発射する術だが、仔細な操作を加えることは不可能ではない。
空を裂いた光線は方向を急激に変え、逃亡最中の男へ直撃した。
威力を押さえていた為に消滅するようなことにはならなかったが、それでも数カ月は碌に動けなくなるだろう。
「フィア、大丈夫だったか?」
すぐさま掛け寄ると、フィアは今にも泣き出しそうな顔で俺に殴りかかってきた。
「助けてくれるなら、もっと早く来てよ……」
「ごめん、俺が悪かった」
「……でも、また助けてもらったわ」
また……? 外に連れ出したことを言っているのか?
「ああ、何度でも助けてやるさ。俺は善大王だからな」
フィアは迷ったような顔をすると、俺に近づいてきた。
「ね、ちょっと付き合ってくれない?」
空は橙、日が落ちる手前。帰らなければ、ビフレスト王が心配するだろう。
だが……少しくらいは、いいはずだ。
フィアに案内されるまま、俺は《虹の谷》へと来ていた。
決して楽ではない谷を昇っていき、どこまで行くのかも分からないまま、フィアの後ろをついていく。
しかし、城に幽閉されていたわりにフィアは元気だな。俺なんて、運動不足を起こしているわけでもないのに、息苦しくなっている。
「どうしたの? ほら、早く」
「いや……息苦しくてな」
「あまり体動かしてないの? あっ、もしかしたら天属性のマナを吸いこんでいるのかもしれないわね」
「おい! それ最初に言ってくれよ」
俺はすぐに体内に残留したマナを吐き出す為、指を弾かせた。
《魔導式》を用いる高度な術、《導術》。それとは反対に、儀式的道具や動作で特殊な現象を起こす術、それを《魔技》という。
今俺が使ったのは《魔技》。効果自体は強力ではないが、簡単にできること、多種多様な効果を持っていることが強みだ。
一気にすっきりとした俺は、フィアに遅れを取るまいと一層に早く歩きだす。
暗い夜道を照らす光の玉。今頃城ではどんな騒ぎになっていることやら。
「ほらっ、着いたわ!」
フィアの声を聞いた瞬間、足を止め、彼女が指さす先を見た。
沈んでいた太陽が昇り、世界に光が満ちてくる。
そして、その朝日に照らされた、巨大な虹が俺の瞳に映り込んだ。
「綺麗……だな」
「ここ、私のお気に入りの場所なの。人を連れて来たのは……始めてかも」
恥ずかしそうに頬を染めるフィアを見て、俺は確信した。
こいつは俺に惚れている。うん、間違いない……のだが、今は茶化す気にもならない。
そっとフィアの肩に手を置き、屈みこむ。彼女と同じ高さで、この虹を見ていたい。
「ねぇ……また……」
「また?」
「また――いえ、何でもないわ」
「そっか」
俺は黙ったまま虹を見つめ、フィアと共に時間を過ごした。
「そろそろ、戻るわ。お父様も、心配しているかもしれないから」
「そうだな。よし、戻るか」
帰り道は静かだった。フィアも疲れていたのか、それとも楽しい時間が終わり、また幽閉生活に戻ることが怖いのか。
そうして城に到着した俺とフィアは、途中で別れることになった。
「今回は、ありがとう」
「おう」
「じゃあ……」
「また近々来るよ。その時は、また遊びに行こうな」
フィアはその言葉を待っていたのか、満面の笑みを浮かべると、「うんっ」と言ってくれた。
騒ぎが広がりつつある城を悠然と歩き、謁見の間まで向かっていく。
扉を開けた途端、仏頂面のビフレスト王の姿が目に飛び込んできた。
「ビフレスト王、申し訳ありませんでした」
「城の騒ぎは聞いているだろう?」
「……はい」
溜息をついた後、ビフレスト王は目線を逸らした。
「あの子のあんな顔をみたのは、何年ぶりか。善大王殿、君のおかげだな」
「ならば、フィアちゃんを自由にしてあげてください。あの子をこのままにしておけば……」
「それはならぬ。何度も言ったはずだが、危険に晒すような真似はしたくないのだ」
元気になったフィアの姿を見せてやれば、それで解決するかもしれない。そう考えていた。
しかし、結果は変わっていない。今の俺では、フィアを救ってやれない。
待たせていた馬車に乗り込んだ俺は、光の国行きに設定を済ませ、馬車の中で眠りに落ちた。
今のままでは何もできない。だが、いつかまた来た時は、絶対にフィアを助けてみせる。