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──酒場内にて……。
騒ぎが過ぎ去り、燻ぶる冒険者達は淀んだ平穏に戻っていた。
そんな中、カウンター席に座ったティアは豚耳とミルクという奇妙な合わせで呑んでいた。
「ティア、あの人のことをどう思ったの?」とエルズ。
「んー……なんか、分かんない感じだったよ。分かんないから、なんか怖くて」
とても具体性に欠けた発言だったが、彼女と濃密な時間を過ごしてきたエルズはその異常性を理解している。
「(いかつい相手にも調子を崩さないティアがあんなになるなんて……カイトって人、思った以上に危険な人なのかもしれないわね)」
「エルズはあの人の知り合いなんだよね?」
「知り合いっていっても、何度か会ったことがあるくらい。なんでも、異世界人らしいけど」
「そんな人だったの!?」
「本当かどうかは分からないけどね。でも、あの黒髪とかを見る限りそうであってもおかしくないとは思うよ……それに、ティアも変って感じるくらいだし」
返答を行いながらも、彼女は確実に自分の疑問を確かめにいった。ただし、自分の欲求を満たすというよりも、防衛戦の円滑化を図るという面のほうが大きい。
「うーんとね、なんか違う気がするんだよね」
「……生理的に合わないって?」
「すごくいい人みたいなんだけど、悪い人みたいな感じがする……みたいな? ぞわぁーってする感じの怖さかな」
ここまできて、《闇の太陽》は選択の甘さを悔いた。
こと心理透視に関していえば、彼女は世界屈指の使い手である。曖昧な直感や分析を必要とせず、本来の姿をあぶりだすことも容易に行える。
それでもなお、彼女が動けなかったのは人の道を正しく捉えていたからであろう。
相手は姫直属の部下であり、かつ一騎当千の《水の月》だ。そのような人物に、対価も払わずに協力を要請するという行為自体、通常ではありえない行動といえる。
ただし、この防衛戦は水の国を守る為のもの。戦うことのできない民間人を救う戦でもあるのだ。
善意、力ある者の責務、それらを元に協力を取り付けることは十分に通用する。
「(後悔は残るけど、無償での支援を了解した相手の信頼を裏切るような真似はできないわね)」
思考の末に、彼女は妥協で落ち着いた。
いくら相手が《闇の太陽》の能力を知らなかったとはいえ、善意を無碍にするような行為はできなかったのだろう。
……諜報部隊所属の頃であれば、このように考えることもなかったに違いない。
「ティア、そろそろ行きましょう?」
「うんっ! ちょうど全部食べ終わったところっ!」
先ほどまでの緊張感に満ちた様子とは打って変わり、渡り鳥は本来の明るい様子に戻っていた。




