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「フィア……なのか」
コクリ、と頷き、すぐに俺の傍に駆け寄ってきた。
「少し来るのが遅れたわ」
「フィアは戦えるのか?」
「ええ、それなりには」
それなりであの魔物をあっさり吹き飛ばしてくれるな、と言ってやりたい。
だが、俺はすぐに意識を戻し、《魔導式》を展開し始めた。
術を食らったとなれば、また自動反撃が飛んでくる。それからフィアを守ってやらなければ。
「大丈夫。私が迎撃するわ」
フィアの展開している《魔導式》は既に中級術規模になっていた。
フィアは地面を軽く蹴り、《魔導式》を起動する。
飛んできた黒い炎は、眩い光に照らされ、一瞬で消滅した。天ノ五十番・空明と見るのが無難か。
「反撃を使われようとも、その度に打ち落とせばいいだけよ」
「フィア、どうして君が奴の能力を……」
「それは後で話すわ。今は、あいつを倒しましょう」
フィアが戦線に加わったことで状況が一変した。
彼女の凄まじい火力の術によって、与えられるダメージ量は格段に上昇。黒い炎については俺が迎撃し、フィアが完全な攻撃役となっていた。
ステップを踏むように、片足で地面を叩き、《魔導式》を起動する。フィアの癖なのか、それともなにかしらの儀式か。
橙色の光線が放たれ、黒い龍の外皮に風穴を開ける。
あれは天ノ十九番・空線だ。言うまでもなく下級術だが、威力が光属性の中級後半から上級術前半程度は出ている。
属性種差、巫女の強化などの理由は分かるが、フィアは詠唱を行っていない。
術名の発声により、術のイメージを固め、確実な形で放つのが定石。
一応、詠唱放棄は術を悟られないようにする為に使うことがあるが、こんな風に攻撃手で使うのは異常としか言えない。
術のイメージに対する確固たる自信があるのか。それとも、詠唱による僅かな導力の消耗を嫌っているのか。
「《光ノ六十番・影照》」
黄色の光が黒い炎を消し去り、入れ替わるようにフィアの術が打ち込まれていく。
ただ、いつまでもやられているわけでもなく、黒い龍は鈍足ながらもフィアの術を回避した。
そのまま、地面を抉りながら、相当な速さでこちらに近づいてくる。
それを身兼ね、俺は拘束系の術を使おうとするが、フィアは展開していた《魔導式》を組み替えた。
橙色をした光の縄が黒い龍の四肢を縛り上げ、動きを封じる。天ノ十八番・空縄だ。
フィアは至って真顔のままに勢いよく《魔導式》を刻み込んでいく。
術の発動と同時に、フィアの体は光り出す。おそらくは、天ノ百二十三番・煌輝撃だ。
黒い龍が縄を引きちぎった途端、太陽光を思わせる橙色の極太光線が放たれ、胴体に大きな風穴を開けた。
黒い龍が地面に倒れたのを確認した後、俺はフィアに微笑みかける。
「フィア、勝てたな」
「いや……まだ……」
急にふらつき出したフィアの体を支えると、奇妙な違和感を覚えた。
肉体に抵抗感がない。まるで、脱力しきっているようだ。
「おい、フィア……お前」
俺の言葉に返事が返ってくることはなく、フィアはそのまま意識を失った。
医学に対する造詣は深いつもりだ。だからこそ、フィアの身に起きている現象が一切分からないことに、俺は焦りだしていた。
呼吸は続いている。だが、心拍が極端に低下している。生きているのが不思議なほどに……。
体温は低い、呼吸も生命を維持できる限界といったところ。
まるで仮死状態だ。そんな症状は見たことがない。
俺の焦燥感をさらに加速させるかのように、胴体に穴が開いた黒い龍が立ち上がってきた。
「フィアを守りながら、こいつを倒すしかないのか」
こいつの体力も残り僅かのはず。しかし、それを感じさせない魔力の量、そして殺意が俺を突き刺す。
恐怖に震えている場合ではない。ここは、なんとしてでも死守する。