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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
574/1603

5

「終戦……ですか」

「ああ」

「できると思いますか?」

「できなければ滅びるだけだ」

「確かに、その通りですね。いいでしょう、微力ですが、東方……いえ、東部方面支部長として協力いたしましょう」


 意外にあっさりな譲歩と思いきや、ギルドマスターが行動を容認するだけに、抜け目がない。


「東方支部として、ではないのか?」

「……我々としても、北東の者達を無条件に許すことはできません。それに、肝心の支部長がこの調子なのですから、勝手に東方の名を用いるのは軽率でしょう?」

「なんだと……?」


 敵意を振りまくマッドを無視し、彼は最高権力者を相手に攻めの姿勢を取った。


「《放浪の渡り鳥》が、それまで以上に英雄視されることとなった事件。その顛末を、あなたは知っていますね」

「ああ」

「この北東部において、かつて同じようなことが起きました。事件に関わったある優秀な冒険者は巨悪を討ち、さらには……魔物(・・)さえも撃退しています」


 聞くに甘んじていたクオークも、ここでは符合する人物を想起せずにはいられず、声に出そうとした。

 しかし、そんな彼をかつての主(・・・・・)が制し、沈黙を促す。


「《紅蓮の切断者》か?」と善大王。

「いえ、《雷光の悪魔》と呼ばれた──呼ばれることになった冒険者ですよ。あなたの指した人物も、その関係者ではありましたが」


 聞き覚えのない存在に首を傾げる若者二人とは対照的に、善大王とマッドは顔を顰める。


「突如出現した魔物により、領主だった貴族が殺された……って話だったか」

「ええ、さすがは善大王様。それも調べ上げた情報ですか?」

「……? そんなところだな」


 自分が元冒険者である、ということを読まれていると考えていただけに、善大王は返答にぎこちなさを含ませてしまった。


「怪しいと思いませんか?」

「ティアの件と同じってことだろ? 意図的に人間が貴族を殺した。魔物はその言い訳だ」


 と、名指しされた二人の冒険者と肩を並べていた──無論、当時のことだが──彼でさえ、魔物という存在を信じてはいなかった。

 奴隷が廃止に近い状況にありながらも、貴族という特権階級(・・・・)と平民の間には大きな格差がある。

 その状態では、どういう理由があったとしても、殺しは許されない。もっと言えば、裁くことでさえ、対象者以上の権威を持つ者でなければ行えないのだ。


 制度の仕組みさえ知れば、このように考えるのは当然のこと。少なくとも、上位の冒険者は大半がこのような考えであった。

 ……こうして魔物が徘徊するようになるまでは──彼自身が《風の大山脈》で魔物と対峙するまでは。


「事実をお教えましょう。あの時、実際に魔物は出現しました。そして、二人の冒険者の手によって、それを退けることに成功した」

「じゃあ、ウルスさんが言ってたことって……」

「そう、彼はあの時に救われた。いや、事実として彼は英雄だった」

「どういうことだ」


 本人との面識がないだけに、元冒険者の善大王でさえ分からないことが多く存在していた。


「始まりこそ、かの《放浪の渡り鳥》と同じ。しかし、裏に魔物がいたという点が差異でした」


 サイガーは全員の顔色を窺いながら、続きを話す。


「渡り鳥と同じように……いえ、あの事件では《幻惑の魔女》が手を下していましたね。その点で言えば、まったく同じとも言えますね」

「知っていたのか?」

「ええ、あなたが私情からカルマ騎士隊を救ったことも含めて」


 冒険者ギルド上層部の共通認識と思いきや、マッドはこの発言に度肝を抜かれていた。


「話を戻しましょう……殺された領主は魔物に過剰な生贄を捧げ、対価を受け取っていました。それにいち早く気付き、悪しき領主を殺したのが《雷光の悪魔》でした」

「なるほどな」

「表立って祝福される英雄の影には、泥を被る者がいる。渡り鳥のクリーンなイメージもまた、魔女が汚れ役を引き受けたことによるもの……そうは思いませんか?」

「俺に合わせなくていい、話を進めてくれ」


 身内のことと関連させ、共感を深めようとする手法を用いていたのだが、彼にそれは通用しない。


「……その後、魔物が出現しました。あの種族は、この世界に長く留まることができず、消耗するばかり。命を長らえる為には、人の命が必要……ともなれば、供給源を断たれればタダではすまない。出現についても、このようにして予測されていました」

「さぞ優秀な人間が読みを行ったんだろうな」


 東方を統べる首魁は愛想笑いを浮かべ、言葉での返事を避けた。


「あとは、先ほど述べた通り。ただ、行動を共にしていた《紅蓮の切断者》は最後まで貴族殺害には否定的でした。そんな彼を裏切り、抹殺を決行した悪魔は、名に相応しい悪でしょう」


 サイガーは間違いなく、その事件に関与した人間だった。

 そして、少なくとも《雷光の悪魔》と親しい関係にあったのだろう。

 そうと分かるだけに、一同は自虐的な発言の数々に反応することができなかった。


「ですが、私は思います。そうする他にないというのであれば、殺しも止むを得ないと。切断者に対して否定的なわけでもありません。彼は裏切られながらも、未知の怪物と相対したのですから。人を想い、人間の自由を守ろうとする冒険者として、模範的な思想と行動を示したのですから」

「要するに、何を言いたい」

「善大王様ともあろう御方が、そこまで急くこともないでしょう」


 冷静な口調とは裏腹に、サイガーは感情的になっていた。


「事件の後のことも教えましょう。最初こそは村を救った英雄として、二人の冒険者は賞賛されました。ですが、すぐに貴族の件が明らかとなり、優秀な冒険者二名が失われようとした。そこで、《雷光の悪魔》は自らが貴族暗殺の首謀者であり、魔物討伐とは関係がないことを表明しました」

「……英雄的な活躍と悪行──《紅蓮の切断者》と自分の関係性を断ち切る為ね」とフィア。

「結果、公式に魔物を討伐した者は切断者のみとなり、悪魔は忌むべき二つ名を与えられ、全ての罪を背負うことになりました」


 ここに来て、若き冒険者(クオーク)は師にも等しい男の内情を知った。

 彼の口にした言葉が意味していたこと、東方支部代表が自身を評価していると断言できた理由を。


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