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大臣から聞いていた場所に向うと、漆黒の龍が周囲の木々を薙ぎ払いながら近づいてきていた。
大きさはヘルドラゴの二から三倍、背の高い木に負けていない。
以前は恐怖を覚えた。だが、今回はそうでもなかった。
《風の大山脈》で対峙した奴は見たこともない、禍々しい蟲だった。しかし、こいつは龍、精神的忌避感はさほど強くない。
さらに言えば、俺は火の国で竜と戦っている。そいつの方が、よっぽど怖かった。
《魔導式》が完成し、俺は遠距離から第一撃目を放った。
「《光ノ百十番・高破光》」
光線が黒い龍の肌を焼き焦がす。痛みに呻くように、龍の咆哮が鼓膜を振わせた。
かなり遠くだが、黒い龍の瞳が藍色に光ったのを確認した。魔力の具合、曖昧ながらも《魔導式》の形から推測するに、闇ノ百十一番・黒火炎か。
しかし、攻撃は一向に飛んでこない。迎撃用に術を用意していたが、どうにも意味がないらしい。
空撃ちかと思い、俺は別に用意していた《魔導式》を起動した。
「《光ノ百一番・星光明》」
天から光明が降り注ぎ、黒い龍にダメージを与える。そこまでは良かった。
突如として魔力の上昇を探知し、解体しようとしていた《魔導式》を前方に持ってくる。
黒い炎が近づいてくる。かなり距離が離れているはずだが、俺の位置を完全に理解しているかのような具合だ。
「《光ノ百十一番・星粒壁》」
光子の壁が出現し、黒い炎を受け止め、鋭い光の矢を撃ち返した。距離のせいで威力はかなり減退するが、それでも防御と攻撃を両立できれば十分だ。
着弾を確認した途端、再度魔力の上昇を感じ取る。
黒い炎が再び俺の方に飛んできた。もう、防御する手がない。
咄嗟に回避行動を取り、直撃は避けた。それでも、軽度の火傷を負ってしまう。
あの攻撃……《魔導式》の展開は確認されていない。あの一度、空撃ちにしか思えなかった時を除けば。
『魔物は人間の術を使う。じゃが、それが完全に同じ効果だと思っちゃいかんぞ』
ヴェルギンはそんなことを言っていた。そして、あの紫色の虫も、本来の効果とは違う術を発動していた。
どうやら、今回の相手は自動防御で黒い炎を撃ち返してくる、反撃型らしい。
奴の攻撃が自動反撃だとすれば、術者では速力が足りない。
かなり危険な手だが、接近戦で戦うしかない。
「《光ノ八十七番・光集》」
俺は黄色の光を纏い、走り出した。
かなり上位の肉体強化、ほとんどの能力は通常の数倍にまで高められている。ティアのそれを再現するには十分な域だ。
光属性の本来の戦い方、それは術による肉体強化を用いた、近接戦闘補助。
急接近しながら、展開していた《魔導式》を起動する。
「《光ノ百十五番・星法剣》」
光剣が精製され、俺はそれを掴まずに右手に導力を収束させた。
拳を打ち込むが、予想通りに反撃がない。
続いて宙に浮いていた光剣が自発的に攻撃を開始し、黒い龍の外皮をえぐり取る。
やはり、反撃はない。
こいつが反撃できるのは術だ。武器召還系は術のカテゴリに存在するが、ほとんど実体化している為に術の性質とは違っている。
現に、光ノ百十一番・星粒壁でも防御はできない。リスクこそあれど、こちらの方が合理的だ。
反撃ができないとみるや否や、黒い龍は物理戦闘へと移行し、俺を踏みつけようとしてきた。
しかし、俺の肉体は強化されている。驚異的なまでの跳躍力でその場から離脱し、《魔導式》を展開した。
光ノ百十五番・星法剣は召還すれば自動的に攻撃を続けてくれる術だ。その性質は武器召還系でもかなり異端とも言える。
ただ、それが完全でないことは承知していた。
黒い龍は襲いかかってきた光剣を見据えると、大きく開かれた顎でそれを噛み砕いた。
この調子で戦っていけば勝てるかもしれない。しかし、今回はティアのように火力の要となる人間がいない、そして武器召還系は火力が一段階は落ちてくる。
長期戦は必至。それはヴェルギンとの修行で承知の上だったが、こっちは防御ではなく攻めっけを出していかなければならない。
「《光ノ百九十九番・光輝剣》」
凄まじい光を放つ剣に、俺の目まで眩惑気味になってしまう。
ただ、この剣は闇属性特効を持っている。おそらく、魔物と対峙するにはもっとも有効な武器だ。
足に斬撃を放つと、それだけで外皮が焼け付くように溶け、大袈裟に暴れ回る。
効いている。それを認識した時点で、俺は逃げの足を消してしまった。
それがまずかった。
攻撃を放つと同時に黒い龍は四肢を解放し、胴体で俺を潰そうとしてきた。俺も咄嗟に逃げようとするが。既に攻撃が発動されている。
輝く剣が黒い龍の足を溶かすが、それと同時に上からは巨体が降りてきた。
逃げられない。悪足掻きにも防御姿勢を取ろうとするが、それは無駄だと分かり切っていた。
刹那、肉を焦がすような音が周囲に響きわたり、黒い龍は吹き飛ばされた。
「……魔物に一人で立ち向かうなんて、無茶するんじゃないわよ」
金色の髪を靡かせ、戦場に見合わない清楚な服装をしていた幼女は、静かに告げた。