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凄まじい戦いを目にしながら、当初の闘士は沈黙を抱えて立ち尽くしていた。
「(あんな冒険者がいるならもっと早く来てくれればよかったんだ!)」
自分勝手な言い分だが、彼の思考は最初から何も変わってはいない。
彼は自ら名乗りを上げたわけではなく、消去法で土俵に立たされたにすぎない。
そもそも、もう一人の冒険者が姿を現さないというのがおかしい。もしもその一人が残り、この場に立っていればここまで一方的な戦いにはならなかっただろう。
第一部隊を事前に察知し、逃亡する実力。ランクⅡの彼に要求するには少々高望みと言わざるをえない。
ただ、人々から救世主や英雄の類と持て囃されたのが仇となった。若輩ゆえに冒険者の幻想に取り憑かれ、理想の姿に陶酔した。
もう、酔いはなかった。
「(この戦いは二対二。あなたが戦わなければ、彼女に勝利はない)」
「……? 誰か分からないが、俺が出たところで……」
「(人間一人分の部品は用意できる。少なくとも、目や的くらいにはなる)」
ここに来て、彼は自身に起きている奇跡的な体験を自覚した。
「あんたは……?」
「(恐れは停滞。死は肥やし。土が生きていれば死にも価値はある。終わった土壌では、肥やしは意味をなさない)」
「どういうことなんですか!?」
「(ここで勝利できなければ、どっちにしろあなたの死は免れない。ここで死を覚悟し、勝利を勝ち取れば……少なくとも誰かの救いにはなる)」
危機的状況に置かれていたからか、それが幻聴などではなく、確かに聞き取れる啓示だったからか……彼は信じた。
「《放浪の渡り鳥》、微力ながら協力するぞ」
いきなり自分の側に駆け寄ってきた男を見て、ティアは焦りから大声で叫んだ。
「ちょっと待って! サクセンカイギ!」
肩を竦め、互いに見やった後、敵である二人は耳を塞いだ。
許可が下りた状態になり、冷静さは取り戻したが、彼女の悩みの種は消えていない。
提案は勇敢であり、それを否定するほどに渡り鳥は現実主義者ではなかった。
だからといって、彼が戦力的優位性を持っていないことは、天性の戦闘直感で見切っている。
「でも……」
「俺はジョナサンとかいう奴の注意を引く。その間にあんたの攻撃で倒してくれ」
自分の非力を知り、分をわきまえ、その上で啓示による指摘を鑑みた行動をとった。
確かに、この方法であれば最低限の戦闘力を持ち合わせていれば貢献ができる上、邪魔にもなりづらい。
「……うん。わかった! じゃあ、おねがいっ!」
「任せておけ!」
互いの意思疎通が終えられた後、律儀に指で耳を塞ぐ格好をしていた二人組は構えを取り直した。
「作戦会議は終了かァ? ま、そんなザコが一人増えたところで意味なんかないだろうけどなぁ」
「さっきまでの俺と思って甘く見ていたら、後悔するぞ」
明らかな威勢の変化に、ジョナサンは気押され、表情から余裕が消える。
そんな彼を情けなく思ったのか、人体破壊の平手打ちが炸裂した。
凄まじい音が周囲に響きこそしたが、彼の頬骨が折られていないどころか、筋肉の裂傷さえ起きていない。無論、それを見分けられる者はいないのだが。
「恐れをなしてどうするッ!」
「すいませんでしたッ!」
まるで酒を流し込まれたかのように、一度は浮き出た正気は再度沈められ、下卑た悪人の顔になった。
「でも、あいつで力になるのか?」
「さっきもあんな調子、その上ボロボロじゃね……」
いくら戦意を取り戻したとしても、それは内部で起きた急激な変化にすぎず、魔力すら見分けられない一般人には満身創痍の男が増えただけにしか見えない。
希望へと変わりかねない場面にもかかわらず、観衆の心に動きはなかった。
だが、周囲に満ちる澱んだ感情は瞬時に押し流された。落雷、濁流、竜巻の如く、調和を打ち砕く強い言葉で。
「これでようやく、正々堂々な対決ができるではないか! 先は敗北を喰らうだけだったが、今度はどのような戦いを見せる……冒険者」
敵の大将自ら、ただの敗者でしかなかった男を対戦相手として認めた。
先の醜態をぬぐい去るように、呼称も冒険者と改めているのだから、聞こえも良い。




