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「(え!? そこ受けるの!?)」
あまりに戦術行動から逸脱した思考なだけに、常識的な彼女がどれほどまでに驚愕──理解不能に陥ったことだろ。
「その代わり、勝負は続行だ」
「もちろん。そこの人と──」
「回し投げのジョナサンとこの私……人体破壊のカッサードが相手をする。術の使用は禁止、己の拳で戦え」
「それでもいいよ」
構えを取るティアに対し、カッサードは怒声を浴びせる。
「さっさとかかって来んか!」
「えっ……うん! いっくよぉお」
彼女は何の警戒感もなく、敵の懐に入った。
普通に考えれば、あの呼びかけは様子見を封じ、情報量の少ない段階での戦闘を強いる意味を持つ。
だが、攻めたからこそわかる情報もある。少なくとも、この場面ではそちらの方が大きかった。
「どうして!?」
「甘いわ、小娘」
通常の人間に大打撃を与える蹴りが、この男の体には打ち込まれている。
だが、直撃を受けているにもかかわらず、平然と彼女を振り払った。
「君がどのような小細工をしているかはわからぬが、いい一撃だった。しかぁし! 筋肉が足らんッ!」
カウンターとして、ティアの細い足を掴むと、大きく振りかぶってから地面に叩きつけた。
「がっ……いったぁ」
「決まった! 部隊長の必殺技、人間ハンマー! 叩きつけられた奴ぁ中身がミンチだ!」
人体破壊という煽りに不足のない説明だが、彼女の体は人並み以上に丈夫であり、激しい痛覚が襲った程度でとどまっている。
「まだ……まだまだ!」
「なにぃっ!? 人間ハンマーを食らって、起きやがっただと!?」
「すごいぞ! さすがは《放浪の渡り鳥》だ!」
「頑張ってー!」
声援や驚嘆の中、彼女の背後から一人の男が迫っていた。
「なかなかのタフさではないか。だが、次はどうだ」
「また耐えて見せ──」
背後からの刺客に羽交締めにされ、渡り鳥の両翼は奪われた。
いくら足技が得意で、機動力の凄まじい彼女とて、体が動かせなくなれば無力だ。
「卑怯だぞー!」
「二人掛かりなんて卑劣よ!」
ティアを封じたまま、首だけで観衆を見やると、下卑た笑みを浮かべ「勝負は二対二、そこでヘタれている冒険者が動きさえすりゃ五分だろ? 動ければのハナシだがなぁ」と嘲笑混じりに煽った。
しかし、彼の言い分もあながち間違いではない。
少女の無鉄砲としか言えない攻防を前に、男は茫然と立ち尽くしていたのだから。
「正義は絶対に勝つの! 悪い奴になんて、絶対に負けないっ!!」
言霊を真に変換していくように、彼女の体からは勢いよく魔力が放出された。
ジョナサンがこれに対し、武器を取り出そうとするが、部隊長はそれを許さない。
彼の読み通りか、ティアは後方に向かって蹴りを放ち、拘束を破った。
「今の魔力変動は闘志の強さと見出した。その覚悟には敬意を示そうではないか」
「ずるっこじゃ、私には勝てないよ」
空間に満ちていた不満は小さな英雄の技によって、奇跡的場面を見たような快楽に変化する。
そうした感情の変化に気づいたのは、皮肉にもカッサードの方が早く、エルズは二番手となった。
「(まさか……第一部隊は場の空気を支配しようとしている? それも簡単な恐怖心じゃなくて、高揚感で)」




