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長い廊下に差し掛かり、俺はフィアの姿を探す。
前のように、憂鬱そうな顔で外を眺めているかもしれない。そう考えていたが、廊下には侍女らしき者が歩いている程度で、フィアはいなかった。
その時点で牛歩戦術をやめ、善大王としての――王としての風格を纏った堂々とした歩調に変える。
謁見の間の扉を開ける。
見開いた目に映ったのは、空白の玉座。
「……どういうことだ」
「善大王様、もうしわけありません。王はただ今席をはずしておりまして」
大臣と思わしき白髪の男が話しかけてきた。
「ビフレスト王が?」
「はい、未開の地の調査に。封印の確認が主とのことですが」
魔物が住むという世界、《魔界》へと続く道があるのが未開の地だ。無論、開けっぱなしになっているわけではなく、封印が施されて両者の通行は妨げられている。
しかし、魔物を見ていた俺からすると、これが偶然のようには思えなかった。
「魔物が出現したのか?」
「いえ、ですが前回の封印が怪しかったとのことで」
それが原因か、と訝しんだが、そんなことをしていても仕方がないとすぐに気を楽にした。
「戻るまでにどれくらいかかる? 長いようなら、一度退くが」
「おそらく、明日には戻るかと――城の部屋をお貸しします」
「ああ、頼む」
適当に返事をしていた。
俺としては、フィアの様子が見たかった。あれから数カ月も会っていないが、彼女は今も絶望の中に居るのか、それが気になっていた。
気付くと、俺は部屋の前に来ていた。なにやら話されていた気がするが、半分以上は意識していない。
「では、私はこれで」
大臣は部屋から出て行こうとした時、突如として動きを止めた。
通信術式を起動した大臣は俺に気を止めず話し始める。
「私だ。……なに、分かった」
静かに振り返る大臣を見て、俺は一抹の不安を覚える。
「魔物が、出現しました」
それを告げられた時、俺はそうだろうなと思っていた。
「天の国の兵力はどれくらいだ。全員を結集させろ」
言い淀む大臣を見て、俺は嫌なことを思い出してしまった。聞くのは酷だったか。
「王の護衛に魔導二課、騎士団共に……」
ミスティルフォード最強とされる術者団、魔導二課がいないとなると、魔物との戦いはつらいものとなってくる。
「残っている奴はいるだろう」
「偵察に行った一名を除き、絶望的ですね」
「どういうことだ」
「国内待機していた魔導二課所属の人間が迎撃に向いましたが、既に壊滅。国内待機の兵力はそれが全てです。参戦が確認されていないクオークには連絡が繋がらない始末で」
どうやら、最悪の状況にぶつかってしまったらしい。
魔物は天災、人一人で戦えるような存在ではない……か。
ヴェルギンの言葉が重くのしかかる。だが、俺は倒す為の手段を手に入れている。
戦える力を持っているならば、矢面に立つのが定めだろう。善大王としての。
「……俺が行く」
「善大王様が――いや、それは心強い!」
勝てる自信はある。だが、想像上に存在している善大王のように、圧勝出来る気はなかった。
「住民の避難を行っておけ。確実に勝てる保証はない」
最初こそ冗談だと思っていたであろう大臣も、俺の真剣な表情から察したらしく、急いで部屋から出ていった。
「よし、行くか」
今にでもフィアに会いに行きたいが、今はこの国を守るのが優先だ。
フィアと会うのは、それからでもできる。