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「知らない」興味が失せたように即答した。
「東方支部か……サイガー辺りか?」
善大王の横槍に驚く一方、フィアは彼を信じて自信ありげに、それであって生意気な口調で「サイガー、だったかしら?」と気取って見せた。
『ティアさんから聞きましたか?』
「えっと……知ってたの。常識」
目配せをすると、彼は「(俺が現役だった時代に有力だったのは、あいつくらいだった)」と思考を明かす。
一歩間違えば、外れていたかもしれないと考え、フィアは態度を改めた。
『彼が北東部の代表と臨戦態勢にある……と』
「内輪揉め? そんなことどうでも……」
「ジジイの動きは?」
『……静観とは程遠い、完全な放置ですよ』
会話が成立していることに疑問を抱きながらも、自分が除け者にされているような感触を抱き、天の巫女として何かしらの話題を出そうとする。
「首都の動きは……って、あなたに聞くのはお門違い?」
『それが……この抗争のきっかけも、首都の変化によるもので』
「フォルティス王の重税か?」
『はい。ですが、本命は──《不死の仕事人》が闇の国に混じり、ウェットランドを占領したことでして』
もはや善大王とクオークの会話であり、フィアはへそをまげ、頬を膨らませたまま顔を逸らした。
「待て、それは赤髪の女のことか?」
『それ以外に、このような二つ名を持つ人がいるとは聞きませんが……』
彼はすぐさま異変、不可解さに気付く。
二つ名に示されるとおり、彼女が金だけで仕事を請け負う者であるというのは、周知の事実だ。
「(あいつは今頃、アルバハラで護衛の仕事に戻っているはず。何故、闇の国に……それも、水の国に攻撃をするような真似を)」
仕事人が主に働いていたのは、雷の国。少ない依頼人も、頼る際にはこの国に訪れていた。
知るものであれば知る情報であるからして、水の国もすぐに尻尾を掴むことだろう。そうなれば、連鎖的に雷の国に怨恨が向けられる。
「(いや、フォルティス王からすれば、体のいい大義名分だ……間違いなく、自分の力を示す為に戦う)」
人間側の皇として、その展開は最悪のシナリオだ。
ここで水の国と雷の国が戦争を始めれば、五大国家の連合は不可能になる。それどころか、フォルティスが勝利した暁には──三カ国以上の連携は望めないだろう。
……が、ここで重要なのは結果ではない。
元来、闘争心に乏しく、専守防衛を主としていた雷の国がここまでの変化を見せた理由だ。
《武潜の宝具》の試験的導入、《超常能力者》の軍事運用、これらの戦力的要因が革新を加速させたというのは容易に思い付く──浅すぎる答えとして。
力を手に入れただけで暴走するような者達が、今の今まで頭角を現さなかったというのは奇妙だ。それ以上に、ラグーン王本人が大きく変わっていないことを彼は知っている。
あれほどまでに多種多様な人間を受け入れる国が、アカリ一人のもたらす絶望的な影響を考慮しないはずがない。危機対策の一環として、確実に行われているはずだ。
「事情は分かった。とりあえず、冒険者ギルドの件を片付けるとしよう」
『善大王様が……!? それは心強い限りです』
「なーに言ってんだって。お前にも仕事を手伝ってもらうぞ」
『えっ……?』
困惑した様子のクオークを内心で面白く思いながらも、意地悪はこの程度にすべきという皇らしい理性を覗かせた。
「北東の支部長を、会談の席にまで引っ張って来い。方法は問わない。開催地は……オルタにしておくとしよう」
『わ……分かりました! お任せください!』
そこで通信が切断され、フィアはこれ見よがしに不満を露にする。
「ライト……?」
「遊んでいる場合じゃないらしい。さっさと渡るぞ」
「あの人の言い分、信じるの?」
少し前の事件で多少の疑り深さを得た彼女だからこそ、この件については手放しで受け入れる気にはなれなかったようだ──彼が恋愛トークで場を賑わせていれば、それもどうなっていたか分からないが。
「フィア、あいつの名前は?」
「えっ……? クオーツ?」
「クオーク、だ」
どうしてこのような話をするのだろうか、と言いたげお姫様に、善大王が彼女の国の事情を語り始めた。
「クオーク、ずいぶんと昔にその名は聞いている。……ただ、記憶によると、逃亡した兵という話だったが」
善大王が二度目に魔物と対峙した時のこと。
いまからおおよそ三年ほど前であり、彼が最初に《皇の力》を使用し、フィアとの関係が始まった日だ。
大臣が口にした魔導二課の内、あの時に国防を任されていた者では彼以外に生き残りはいない。
良く言えば運がよく、悪く言えば誇りを捨てた卑怯者だ。
それが恥じることもなくフィア──天の国の代表ともいえる存在──に直接連絡を行い、欲している情報を寄越したというのも不思議な話だ。
「(フィアが自国に興味を持っていたら、天の面汚しとして怒っていただろうな……いや、そうでもないか)」
事実は事実、彼もまたクオークとは初対面……初の接触であるのだ。故に、序盤は思い込みによって会話への参加を行わず、様子を見るに留めていた。
だが、彼の行動力や自信を感じさせる発言から考えを改め、皇直々に報告を聞いたという流れ。
「(自らを見直す機会を得たか……それはティアの仕業か? それとも──)」
かの少女達がもたらす影響を知ればこそ、このような状況でも考えずにはいられない。彼は天性の研究者肌だったのだ。
「つまり……」深刻そうに、フィアは言う。
「ん?」
「ティアが好きだから逃げたの?」
「……」
その頃に渡り鳥は地上を飛び交わず、山里の巣に身を置いているのを見ただろう……ということを一切言わず、彼は黙って色惚け巫女の手を引いた。




