12Δ
──酒蔵地下、盗賊アジトにて……。
「いつまで経っても甘いまま。馬鹿は死ななければ治らない」
誰に言うでもなく、スタンレーはアリトへの不満を口にしていた。
それによって詠唱を行えないのか、はじめからする必要がないのか、《天ノ十九番・空線》は性能を何割か落とした状態で放たれる。
一発一部屋、彼は場所を選びながら、無駄なく目的の場所を破壊していった。
橙色の光線が煌めくと、光景は瞬くように変わっていく。
木材の床、石煉瓦の壁、灰色の天井、部屋毎に違う家具。それらが閃光によって一色となり、最後には暗色──それも限りなく黒に近い──に染めあげられる。
こうなってしまうと、物的証拠から魔力の痕跡さえ検出できない。
「これが力なき盗賊の末路、か」
黙々と、一人で仕事を進めていくスタンレーだったが、彼の頭はまったく別のことで満たされていた。
「(あの場に《雷光の悪魔》が現れたのも奴の仕業か? だとすれば、何故出てこなかった)」
一撃目のダイアモンドダスト、あれは敵兵を殲滅すべく発動されたものだった。
防御の術を持ってして、被害の度合いを軽減することはできる。だが、ガーネス自警団の誰もが──かの悪魔は例外ではあるが──意図した結果という様子ではなかった。
被害が想像を下回ったのは、何者かが発動した風属性の術によるもの、ということになる。
その何者かに思い当たる節があるのか、静かな怒りが渦巻いていることが窺えた。
「だが、これで終わりだ。奴の狙いは破綻し、おれの思惑通りに話が進められる」
アジトだったはずの場所は、軍による掃討作戦にでもあったように、悲惨な姿に変わり果てていた。
「これでいい」と納得し、スタンレーは通信術式を起動し、主へと繋ぐ。
「偽装は完了した」
『ありがとう。こっちも君に負けないくらい、成果が出せた』
もはや聞くまでもなく、交渉がどのような結果になったのかを理解した。
「何割だ?」
『六人』
「こればかりは負けを認めざるを得ないな」
逃した人数がたったの六人。命を賭した戦いを強いられるにもかかわず、大半が所属を希望するようにし向けるなど、彼には真似のできないことだ。
「これで、当面は安泰か」
『さぁ、どうだろう。少なくとも、訓練期間がいるから──でも、スタンレーが離れたいって言うなら、構わない』
「……いや、多少は融通を利かせる。しばらくは、おれが直々に出向く必要もない」
直々に、と偉そうにも聞こえる発言だが、彼の場合は指し示す意味が根本から違う。
『やるべきことは、彼女に任せているってこと?』
「もはや、あいつを使う必要すらない」
互いに雑談を続けるわけでもなく、大将の側から通信を切断しようとした。
『言い忘れていたけど、君のネタが割れたみたいだ』
「……?」
『無数の秘術を使う存在、そういう認識が広まってるみたいだ』
スタンレーは怪訝そうな顔をした後、「そうか」とだけ言い、通信を切る。
その直後、壁を殴りつけ、口許を歪めた。
「姿を見せないと思ったが、これが狙いだったか。クク……このおれが、一枚食わされるとはな」
情報は秘匿されればこそ、その強さを増す。どういう形であれ、それが広まるのはマイナスにしかならない。
不愉快になってもおかしくない場面でも笑えるのは、この屈辱が昇華される瞬間の快楽が、それまで以上に高まったことを確信したからであろう。
自虐的ではあるが、同時に敗北を考慮するまでもないという、圧倒的自尊心と自信が垣間見えた。




