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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
543/1603

12Δ

 ──酒蔵地下、盗賊アジトにて……。


「いつまで経っても甘いまま。馬鹿は死ななければ治らない」


 誰に言うでもなく、スタンレーはアリトへの不満を口にしていた。

 それによって詠唱を行えないのか、はじめからする必要がないのか、《天ノ十九番・空線(エアレーザー)》は性能を何割か落とした状態で放たれる。


 一発一部屋、彼は場所を選びながら、無駄なく目的の場所を破壊していった。

 橙色の光線が煌めくと、光景は瞬くように変わっていく。

 木材の床、石煉瓦の壁、灰色の天井、部屋毎に違う家具。それらが閃光によって一色となり、最後には暗色──それも限りなく黒に近い──に染めあげられる。

 こうなってしまうと、物的証拠から魔力の痕跡さえ検出できない。


「これが力なき盗賊の末路、か」


 黙々と、一人で仕事を進めていくスタンレーだったが、彼の頭はまったく別のことで満たされていた。


「(あの場に《雷光の悪魔》が現れたのも奴の仕業か? だとすれば、何故出てこなかった)」


 一撃目のダイアモンドダスト、あれは敵兵を殲滅すべく発動されたものだった。

 防御の術を持ってして、被害の度合いを軽減することはできる。だが、ガーネス自警団の誰もが──かの悪魔は例外ではあるが──意図した結果という様子ではなかった。


 被害が想像を下回ったのは、何者かが発動した風属性(・・・)の術によるもの、ということになる。

 その何者かに思い当たる節があるのか、静かな怒りが渦巻いていることが窺えた。


「だが、これで終わりだ。奴の狙いは破綻し、おれの思惑通りに話が進められる」


 アジトだったはずの場所は、軍による掃討作戦にでもあったように、悲惨な姿に変わり果てていた。

 「これでいい」と納得し、スタンレーは通信術式を起動し、主へと繋ぐ。


「偽装は完了した」

『ありがとう。こっちも君に負けないくらい、成果が出せた』


 もはや聞くまでもなく、交渉がどのような結果になったのかを理解した。


「何割だ?」

『六人』

「こればかりは負けを認めざるを得ないな」


 逃した人数がたったの六人。命を()した戦いを強いられるにもかかわず、大半が所属を希望するようにし向けるなど、彼には真似のできないことだ。


「これで、当面は安泰か」

『さぁ、どうだろう。少なくとも、訓練期間がいるから──でも、スタンレーが離れたいって言うなら、構わない』

「……いや、多少は融通を利かせる。しばらくは、おれが直々に出向く必要もない」


 直々に、と偉そうにも聞こえる発言だが、彼の場合は指し示す意味が根本から違う。


『やるべきことは、彼女に任せているってこと?』

「もはや、あいつを使う必要すらない」


 互いに雑談を続けるわけでもなく、大将の側から通信を切断しようとした。


『言い忘れていたけど、君のネタが割れたみたいだ』

「……?」

『無数の秘術を使う存在、そういう認識が広まってるみたいだ』


 スタンレーは怪訝そうな顔をした後、「そうか」とだけ言い、通信を切る。

 その直後、壁を殴りつけ、口許を歪めた。


「姿を見せないと思ったが、これが狙いだったか。クク……このおれが、一枚食わされるとはな」

 情報は秘匿されればこそ、その強さを増す。どういう形であれ、それが広まるのはマイナスにしかならない。

 不愉快になってもおかしくない場面でも笑えるのは、この屈辱が昇華される瞬間の快楽が、それまで以上に高まったことを確信したからであろう。

 自虐的ではあるが、同時に敗北を考慮するまでもないという、圧倒的自尊心と自信が垣間見えた。



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