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大空のフィア  作者: マッチポンプ
前編 七人の巫女と光の皇
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 攻撃は命中した。しかし、ダメージがないどころか、火が燃え移るようなことすらなかった。


反射追尾(オートカウンター)、自動的に防御を行い、そして反撃を行う……俺が持つ《秘術》の一つだ」


 その言葉の後、黒い炎がムーアに向って撃ち返される。

 咄嗟に回避をしたムーア。自分の術だけあり、近くの木にヒットさせることで追尾効果を終了させた。


「《秘術》を、複数持つだと!?」

「ああ、俺は既に幾多の人間から《秘術》を奪っている。貴様の持つ《秘術》に興味を抱くのに、そう時間は掛からなかったさ」


 今この状況が絶望的なのは、ムーアが一番理解していた。

 十全ならばともかく、今の彼は恐ろしく消耗している。相手の意表を突く作戦すら、まったく思いつけない程に。

 ただ、この状況を覆す方法が一つだけあった。

 皮肉にもそれは、自分が苦しめられている《秘術》を使った方法。


「さぁ、使ってこい。お前の《秘術》を見せてみろ」


 この反応、誘っていることが明らかだとムーアは気付いていた。だからこそ、勝ちに繋がる一手であっても安易に使うことはできない。

 だが、それでも切り札としての用意は無駄ではない。

 ムーアは《魔導式》を展開していく。それに対してスタンレーは笑いながらも見逃した。

 《魔導式》が完成し、円状に整列されたのを見ると、スタンレーは構えを取った。


「来い!」

「……見せてやるとも《闇ノ百一番・針地獄(ニートルフィーバー)》」


 足元が藍色に煌めき、ムーアは口許を歪めた。

 相手が《秘術》に期待している以上、注意は向く。それを利用し、気付かれないように《魔導式》を同時に展開していたのだ。

 藍色の針が地面から生え、スタンレーに襲いかかっていく。

 当然、反射追尾(オートカウンター)の効果が発動しているので、それらがスタンレーに牙をむくことはなかった。


「無駄な足掻きを」

「《闇ノ十四番・闇刃(ダークエッジ)》」


 反撃はまだ来ていない。そんな状況でムーアはさらなる一撃を放った。


「(自動反撃が常時発動できるのであれば、私の《秘術》は必要にならないはずだ)」


 精製された藍色の刃を掴むと、的確にスタンレーの心臓目掛けて投擲する。

 しかし、それを見ていたスタンレーは薄く笑い、心臓部分に手を置いた。

 刃は彼の手に突き刺さり、心臓にまでは届かない。だが、攻撃自体は命中している。


「なるほど、これでは《秘術》を使ってくれないか。ならば、反撃はやめよう」


 言葉の通り、反撃は訪れない。それを確認したムーアは《魔導式》を刻んでいく。

 スタンレーも同時に《魔導式》の展開を開始し、二人は睨みあったままに藍色の文字を刻んで行った。

 先手を取ったのはスタンレー。彼の《魔導式》はやはり円形に整列されていた。


「焼き尽くせ、《裁きの劫火(フレアドロップ)》」


 空中に精製されたのは、超巨大な火球だった。規模は火属性の二百番台に相当している。

 それが落下すれば、地面は抉られ、凄まじい爆発が起きる。それは誰の目を見ても明らかだった。

 熱が伝わり、汗が流れる。小さな太陽が出現したかのような状況に、ムーアは焦りを覚えた。


「(あの術を防ぐ術は私にはない――使うしか、ないのか)」


 迫る火球を見たムーアは意を決し、《魔導式》を起動した。


「全てを狂わせ、全てを壊せ。《魂源封殺(ソウルジャマー)》」


 《秘術》が発動した瞬間、巨大な火球が瞬間的に崩壊し、前方に立っているスタンレーも胸を抱えた。


「くっ……なるほど、これは素晴らしい効果だ。まったく導力が精製できない」

「お前のソウルは乱れ切っている。しばらくは導力を操ることもできないだろう――終わりだ」


 ムーアが《邪魂面》を構えた刹那、空から二つ目の火球が現れた。


「なっ――」

「ああ、いい《秘術》が手に入った。感謝する」

「何故、何故お前が術が使える!?」


 その声に呼応するように、前方で倒れていたスタンレーの姿が消えた。

 入れ替わりに、紫色の空間の外からもう一人のスタンレーが現れ、平気な顔をしたままムーアを見据える。


偽身分裂(デコイヴィジョン)、自分のソウルを半分分け与え、分身を作る《秘術》だ。仮面のムーアとはいえ、実体と差異のない相手を見極めることはできなかったらしいな」


 結界の外で様子を窺っていたスタンレーには、ムーアの《秘術》の効果は及んでいない。だからこそ、平然と《秘術》を発動出来ている。

 こうなれば、もはやムーアに打てる手は一切ない。完全な詰みだ。


「エルズ……最後まで、何もしてやれない父さんだった」


 その声を聞いた瞬間、火球が動きを止める。


「――興が削がれた。貴様から奪うべきものは奪った。野たれ死ぬも逃げるも、勝手にするがいい」


 スタンレーは何かを思ったのか、背を向けてその場を立ち去ろうとする。

 しかし……。

 ムーアは雄たけびを上げながら近づき、スタンレーの背中にナイフを突き刺した。


「お前を行かせるわけにはいかない。この国の――エルズに危険が及ぶ可能性は、私が排除する」


 背にナイフを刺されながらも、スタンレーは黙っていた。


「娘など襲わない。この国にも興味がない――俺はただ、《秘術》を狩るだけだ」

「お前の言葉を信じると思うか!? 私はエルズの父として、この国の人間として……最後まで戦い続ける」

 憐れむような笑いを浮かべた後、スタンレーは小さく「ならば死ね」と呟いた。


 強烈な蹴りを食らい、既に弱りきっていたムーアは地面に倒れる。

 迫る火球、去っていくスタンレー。既に、自分の命が終わりかけていることに、ムーアは気付いていた。


「エルズ……帰ってやれなくて、すまなかった」


 火球が落ちる刹那、ムーアは手に持っていた《邪魂面》を遠くに投げ、炎を受け入れた。


 爆炎が地面に叩きつけられ、液体を思わせる動作で炎が跳ねる。


「……愚かな男だ――だが」


 焦土と化した場所が背後にある。それを理解しながらも、スタンレーは振り返った。

 そこには炭となったムーアの屍と、遠くに投げられた《邪魂面》が残っている。


「エルズ……か」


 そう言い、スタンレーは落ちていた《邪魂面》を拾い上げた。


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