6β
攻撃は命中した。しかし、ダメージがないどころか、火が燃え移るようなことすらなかった。
「反射追尾、自動的に防御を行い、そして反撃を行う……俺が持つ《秘術》の一つだ」
その言葉の後、黒い炎がムーアに向って撃ち返される。
咄嗟に回避をしたムーア。自分の術だけあり、近くの木にヒットさせることで追尾効果を終了させた。
「《秘術》を、複数持つだと!?」
「ああ、俺は既に幾多の人間から《秘術》を奪っている。貴様の持つ《秘術》に興味を抱くのに、そう時間は掛からなかったさ」
今この状況が絶望的なのは、ムーアが一番理解していた。
十全ならばともかく、今の彼は恐ろしく消耗している。相手の意表を突く作戦すら、まったく思いつけない程に。
ただ、この状況を覆す方法が一つだけあった。
皮肉にもそれは、自分が苦しめられている《秘術》を使った方法。
「さぁ、使ってこい。お前の《秘術》を見せてみろ」
この反応、誘っていることが明らかだとムーアは気付いていた。だからこそ、勝ちに繋がる一手であっても安易に使うことはできない。
だが、それでも切り札としての用意は無駄ではない。
ムーアは《魔導式》を展開していく。それに対してスタンレーは笑いながらも見逃した。
《魔導式》が完成し、円状に整列されたのを見ると、スタンレーは構えを取った。
「来い!」
「……見せてやるとも《闇ノ百一番・針地獄》」
足元が藍色に煌めき、ムーアは口許を歪めた。
相手が《秘術》に期待している以上、注意は向く。それを利用し、気付かれないように《魔導式》を同時に展開していたのだ。
藍色の針が地面から生え、スタンレーに襲いかかっていく。
当然、反射追尾の効果が発動しているので、それらがスタンレーに牙をむくことはなかった。
「無駄な足掻きを」
「《闇ノ十四番・闇刃》」
反撃はまだ来ていない。そんな状況でムーアはさらなる一撃を放った。
「(自動反撃が常時発動できるのであれば、私の《秘術》は必要にならないはずだ)」
精製された藍色の刃を掴むと、的確にスタンレーの心臓目掛けて投擲する。
しかし、それを見ていたスタンレーは薄く笑い、心臓部分に手を置いた。
刃は彼の手に突き刺さり、心臓にまでは届かない。だが、攻撃自体は命中している。
「なるほど、これでは《秘術》を使ってくれないか。ならば、反撃はやめよう」
言葉の通り、反撃は訪れない。それを確認したムーアは《魔導式》を刻んでいく。
スタンレーも同時に《魔導式》の展開を開始し、二人は睨みあったままに藍色の文字を刻んで行った。
先手を取ったのはスタンレー。彼の《魔導式》はやはり円形に整列されていた。
「焼き尽くせ、《裁きの劫火》」
空中に精製されたのは、超巨大な火球だった。規模は火属性の二百番台に相当している。
それが落下すれば、地面は抉られ、凄まじい爆発が起きる。それは誰の目を見ても明らかだった。
熱が伝わり、汗が流れる。小さな太陽が出現したかのような状況に、ムーアは焦りを覚えた。
「(あの術を防ぐ術は私にはない――使うしか、ないのか)」
迫る火球を見たムーアは意を決し、《魔導式》を起動した。
「全てを狂わせ、全てを壊せ。《魂源封殺》」
《秘術》が発動した瞬間、巨大な火球が瞬間的に崩壊し、前方に立っているスタンレーも胸を抱えた。
「くっ……なるほど、これは素晴らしい効果だ。まったく導力が精製できない」
「お前のソウルは乱れ切っている。しばらくは導力を操ることもできないだろう――終わりだ」
ムーアが《邪魂面》を構えた刹那、空から二つ目の火球が現れた。
「なっ――」
「ああ、いい《秘術》が手に入った。感謝する」
「何故、何故お前が術が使える!?」
その声に呼応するように、前方で倒れていたスタンレーの姿が消えた。
入れ替わりに、紫色の空間の外からもう一人のスタンレーが現れ、平気な顔をしたままムーアを見据える。
「偽身分裂、自分のソウルを半分分け与え、分身を作る《秘術》だ。仮面のムーアとはいえ、実体と差異のない相手を見極めることはできなかったらしいな」
結界の外で様子を窺っていたスタンレーには、ムーアの《秘術》の効果は及んでいない。だからこそ、平然と《秘術》を発動出来ている。
こうなれば、もはやムーアに打てる手は一切ない。完全な詰みだ。
「エルズ……最後まで、何もしてやれない父さんだった」
その声を聞いた瞬間、火球が動きを止める。
「――興が削がれた。貴様から奪うべきものは奪った。野たれ死ぬも逃げるも、勝手にするがいい」
スタンレーは何かを思ったのか、背を向けてその場を立ち去ろうとする。
しかし……。
ムーアは雄たけびを上げながら近づき、スタンレーの背中にナイフを突き刺した。
「お前を行かせるわけにはいかない。この国の――エルズに危険が及ぶ可能性は、私が排除する」
背にナイフを刺されながらも、スタンレーは黙っていた。
「娘など襲わない。この国にも興味がない――俺はただ、《秘術》を狩るだけだ」
「お前の言葉を信じると思うか!? 私はエルズの父として、この国の人間として……最後まで戦い続ける」
憐れむような笑いを浮かべた後、スタンレーは小さく「ならば死ね」と呟いた。
強烈な蹴りを食らい、既に弱りきっていたムーアは地面に倒れる。
迫る火球、去っていくスタンレー。既に、自分の命が終わりかけていることに、ムーアは気付いていた。
「エルズ……帰ってやれなくて、すまなかった」
火球が落ちる刹那、ムーアは手に持っていた《邪魂面》を遠くに投げ、炎を受け入れた。
爆炎が地面に叩きつけられ、液体を思わせる動作で炎が跳ねる。
「……愚かな男だ――だが」
焦土と化した場所が背後にある。それを理解しながらも、スタンレーは振り返った。
そこには炭となったムーアの屍と、遠くに投げられた《邪魂面》が残っている。
「エルズ……か」
そう言い、スタンレーは落ちていた《邪魂面》を拾い上げた。