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《盟友》の隊長、アリトの回りくどい作戦は偵察を送る前から始まっていた。
二百人規模の移動ともなれば、多少魔力の察知に精通しているものならば容易に察知が可能。そうでなくとも、目視での発見が容易な存在だ。
だからこそ、二十人という魔物と遭遇しても対処──戦闘はできないが──できる人数で分け、それぞれが全く別のルートを通って移動をしていた。
到着してすぐ、金属の棒を骨にしたドライリザード皮のテント──砂漠では標準的な装備──を設営し、砂を被せて雪室ならぬ砂室を作り上げていた。それこそが、砂丘の正体だ。
硬く丈夫で、ざらつきの強い素材だからこそ、砂を大量に乗せようとも潰れず、多少の風では砂が飛ばされることもない。
そこまでして用意した半分の兵が使われなかったことにも、当然理由がある。
国からの命令は盗賊の駆逐。ただし、その目的は過度に増えた窃盗被害を減らすこと。
その問題を解決するには、簡単な方法では殲滅、困難な方法では監視を行う必要がある。ただし、その簡単な側を選ぶにしても、全てを処理するのは容易ではない。
だからこそ、彼は全てをおびき出す為に戦力を減らした。そうすることで、相手の油断を誘ったのだ。
事実として、ガーネス側は思い通りに動いていた。
──酒蔵の地下にあるアジト、その中では盗賊ギルドの幹部と上位の冒険者が集まり、対処を考えていた。
「二十の兵はあり得ない。それに、赤髪の男が隊長というのも臭いところだ」とランクⅣの冒険者。
「あいつは間違いなく、カーディナルの貴族様だ。それがあんな馬鹿な真似をするとなると、罠だろうな」
盗賊側は各町の代表を覚えているだけに、見誤りをしなかった。ただ、なにかしらを狙っている、という点は変わっていない。
「十中八九、戦場に大量の兵を待機させているんだろうよ。盗賊から斥候を送っておくから、冒険者も戦う準備を済ませとけよ」
まさに想定通りの流れで動き、偵察を行った者は戦力が四倍となっていることを報告した。
これにはガーネスとしても驚き、同時に相手の底を理解した。
「この戦時中に百を揃えたってのは……」
「奴らのところは徴兵を免除されているってことだろうよ」
知っての通り、火の国では私兵団というものは珍しい。もっぱらが傭兵や用心棒であり、それが標準化している。
その状況で百人の兵を連れるなど、明らかに異常。想像さえしなかったことだ。
「加入する冒険者が増え。今やガーネスは五百人の大部隊だ。全員で奴らを叩けば、被害さえでない」
「……確かに、ここまで大差なら問題はないだろうな。よし、俺達も出るとするか」
「あいつらも、まさか俺達がここまでの戦力を持っていると思わねぇだろうよ」
──まさしく、アリトの読み通りの行動だった。
彼が読めなかったのは本当の戦力くらいのもので、国からの情報で約四百とは聞いていたが、それが変動していない保証はなかった。
見込みの数値を元に、二百では戦力差が三倍以上──被害が発生しづらい倍率──にならないと判断し、わざわざ半減した。
つまるところ、戦闘開始宣言と同時に彼の策は果たされていた……にもかかわらず、最後の最後まで兵を残したのは、私的な目的を達成する為。
彼がスタンレーに言った、民が資産であるという言葉は盗賊にも向けられており、その為に降伏を呼びかけた。
一見するに、全軍を率い、スタンレーに《秘術》を使わせるだけでこれが満たされるのではないか……と思われるかもしれない。
実際、それは可能だろう。しかし、その場合には後悔が残る。
「戦ってさえいれば」、「戦えば勝てる」などと知らぬがこその妄想に取り憑かれ、ここぞという場面で寝首をかかれることもあるだろう。
それを防ぐ為だけに、敗北を経験させた。自分の身を持って経験したことは、どのような者でも覚え、そして知る。
それも、このような有利な状況で負けたともなれば、勝てる場面を想像することさえできない。
できたとしても、それは不可能な想像。伝説の冒険者が荷担するだとか、神の祝福を得るだとか、現実性のないものだ。
監視の目を置くまでもなく、彼らの悪事を止める。これこそが、甘いと言われたアリトのやり方だった。




