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指定の時間、カーディナルの郊外にて兵は集った。
カーディナル百人に対し、ガーネスは五百人の兵を集めている……が、正当な決闘としてか、内七割が盗賊と思われ者だ。
横一列ではないにしろ、それぞれが向かい合い、戦闘開始の宣言が告げられるのを待っているという様子だ。
敵の規模が二十人ではないということは、さすがのガーネス側も理解しており、数が五倍にも増えていながらも驚きは見せていない。
そもそも、自分達もまた、そんな彼らよりも五倍の量で戦っているのだから当然といえば当然だ。
「準備は整ったか?」アリトは言う。
「構わない。今すぐにでも始めるとしよう」
盗賊が指揮官になっているかと思われたが、その男の装備は明らかに上等なものであった。それ以前に、手の甲には宝石が張り付けられている。
「(ランクⅣ冒険者までいると来たか)」
内通者経由で事情を知っていたスタンレーは、この場で誰よりも驚いていた。無論、表情に現れていない上、脅威という認識すらない。
「(渡り鳥と同じく、正義感からギルドを裏切った者か)」
伝えるまでもないと、そのまま何かの助言を行うでもなく、彼は頭の中で導式の構築を開始する。
「では、今より戦闘を開始する! 行くぞ」
一声に合わせ、前衛職が突撃をし合う──という展開にはならなかった。
ガーネス側は第一手目から矢を放ち、射程外からの攻めを開始する。もちろん、これを先導するのは盗賊であり、全てに毒が塗布されている。
「手段を選んでいる場合ではないのでね」と指揮官の冒険者。
「一対一の決闘じゃない限り、これも合法さ」
隊長の言葉が合図になり、塊となっていた百人が一斉に距離を取り合った。腕を自由に振り回しても当たらない、という程に。
範囲が二倍に膨らんだからには、下手な矢でも当たる確率が高まる。牽制が主だった彼らからすれば、これはむしろ好都合だった。
狙いが逸れた矢が広がった分の範囲に落ちていく……が、それぞれがある程度の余裕をもって回避していく。
剣を抜いたものはというと、たったの五人だ。
予期せぬ結果に、ガーネス部隊は攻めの好機にもかかわらずに立ち止まり、流れを失った。
「(幻術か? あの数を回避することは、容易ではないはずだが)」
矢はほとんど同時に放たれ、その数は百に到達している。
半数以上が届かなかったとはいえ、それでも五十本。これが一本も当たらず、防御しようとする者さえいないというのは、奇妙でしかなかった。
だが、彼らは気付いていなかった。《盟友》が高い練度を持った兵であることに。
昇りゆく矢を見て、パーティの管制役が進軍の停止と隊列変更命令を瞬時に出した。
そこからは三人それぞれに矢の割り当てを付け、当たるか当たらないかを個別に観察させる。
回避できるのであれば行い、無理であるならば動いても構わない者が打ち落とす。少数かつ、矢の軌道を学んできた者達だからこそ出来る技だ。
「全軍突撃!」
アリトは部隊の中央に立ち、指示を行う。それは各管制役に届き、山彦のように広がっていく
軍団規模で命令を送り、圧倒的な強さを見せる大国の参謀らと違い、彼は現場での即応性を高めたタイプと言える。
近づいてくるたった百人の兵に、五百人のガーネス部隊は狼狽を見せた。
その状況で冷静に次段の矢を放てたのは、当初の四分の一にすぎない。そうなってしまえば、弾幕の用をなすのは困難だ。
「俺が打ち落とす!」
「おう、任せた」
矢の軌道上にいた兵は速度を早め、急ぎ足にその場を離脱する。彼の後ろで、迎撃を引き受けた者は剣を構え、絶妙なタイミングでそれを叩き落とした。
切断や防御ではなく、剣の腹を使った叩きを使うのも、毒矢を味方に命中させない為の安全策。火の国という地にある為に、この型の練度は凄まじく高い。
全ての行動に言語を結びつけ、独断による同士討ちを防ぐ。言わなければ伝わらない、という当たり前を考慮し、対策した戦術だ。
ただ、これもまた少数かつ同志による編成だからこそ成り立つ技であり、いざ軍隊を率いた際に使えるかと言われれば疑問だ。
全員が全員を信頼しているからこそ、言葉に疑いを抱かずに進むことができる。スタンレーと共闘した際の善大王と同じだ。
ついに剣の射程へと到達し、一団の真の力が発揮できる状態となった。




