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──水の国、中部の城下町ウェットランドにて。
赤い髪を揺らしながら、アカリは道を歩く。
多くの人間が行き交い、踏み固められた土の道を進みながら、城下町の様子を偵察していた。
周囲を見渡すと、首都とは違った意味で歴史のある建築物が立ち並び、時への反抗心や尊厳を強く感じさせられる。
「(中部っても首都からずいぶんと離れた城……大昔は栄えていたっていうけど、この様子じゃあねぇ)」
事前情報がある為か、彼女は分かりきったような動きで目的地へと一直線に進んでいる。
行く道行く道、全てが石畳を必要としないような硬さになっており、足にかかる負担は大きくない。
ただし、全てがそうというわけではなく、彼女が進む道が特に舗装されているというだけだ。
しばらく歩き、彼女は城に辿りついた。
城、とは言ったが、外見からすれば砦や少々大きな屋敷と大差がない。
荒く切り出された石材を用いている点などからも、フォルティス城の小型版という印象を感じさせた。
有事だというのに入り口が開かれており、立ち止まるアカリを余所に、青い髪の人々が先へと進んでいく。
これもまた驚きかもしれないが、この城には門らしい門が存在しない。屋敷でさえ存在するものが城に備えられていないというのも、異様であった。
肝心の住民にしても、明らかに異質なアカリを認識しながら、排他するような態度を一切見せず、目が合えば会釈で返すほど。
「(相変わらず、ここは不気味さね)」
こう思ってしまうのは、彼女が真っ当な人間ではないからだ。
裏表を勘ぐれば、この場所の異常さは想像を絶するが、素直に考えてみればとても素晴らしい城下町である。
この領地の住民達は後者の考えで捉えても、問題はないだろう。
夜間には閉まるであろう鉄の扉を一瞥し、表面に刻まれた導式を細かく確認すると、愚鈍な設計ではないことが分かってきた。
莫大な量──それこそ、扉の紋様に見えるほど──の導式は防御の《魔技》が発動されるように組まれている。
旧時代のものではあるが、量が量ともあって上級術数発には耐え切ると見ていいだろう。
城の入り口がこの一箇所に限られている為、盗賊の類が集団で訪れたとしても、突破は困難だ。そうして突破したとしても、その頃には首都からの増援が到着する。
相手を迎撃するという思考よりも、民の緊急避難所としての面を考えた城なのだろう。
「(二代目フォルティス王の忠臣──奴隷解放の中心人物が築いた城だけあって、民にもフレンドリーってことかい? まったく、反吐が出るよ)」
アカリがそう判断したのは、ここに至るまでに収集した情報がこの結論に繋がっていたからだ。
ただの地面が街路となるまで踏み固められているのも、それが城に向かうほどに増すのも、民と城主の関係が近いことを意味する。
門はなく、城も必要最低限に留められているのも、当時の建築がそれだけ危険だったことに起因していた。
事実、あのフォルティス城の完成には数え切れないほどの人死にが出ている。
道行く民に共通する青色素の濃さ、これは住民の多くが奴隷──原住民──の血族であることを指している。
最後には、町並みが古い時代のままであること。これが意味するは、国での影響力を失い、停滞に足を踏み入れたということ──それが理想論の末と考えれば、彼女の気が少しは知れるかもしれない。
知識として知りながらも、感情を持った考察を改めて行っているのは、今までこの場に訪れたことがなかっただろう。
自分の来るべき場所ではないと認知し、民度などからして職業的に相性の悪い場所だと、見るまでもなく分かっていたに違いない。
そうした個人的な毛嫌いこそあれど、彼女はプロだった。
情報の照合、防衛能力の判断、占領難易度の評価などを進めていき、役目が終わったとなればすぐに撤収する。
彼女の求めるものはなくとも、依頼主には大きな価値があるのだ。《不死の仕事人》はそれを違えたりはしない。




