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「(さすがはティアの父か)」
少し前までは虚栄に満ちてた少年も、もはや青年の顔立ちとなり、態度もそれに見合ったものになっていた。
「(あのような言い回しをしたからか、連中も自軍の情報を白状した。これで状況確認に費やす時間は削減できたか……ここまで折り込み済みだとはな)」
選択が決定しているのであれば、相手側に聞こえのいい方法で了承すべき。彼はそのように判断し、学習した。
格好よさを評価基準とし、利も理もないような言動を真似るばかりだった時とは違い、現実的な結果から必要な技術を盗み取る。考え方としては、大きな進歩だ。
なによりの進歩は、そうした盗み取りの際に、相手を尊敬できるようになった点だろうか。
「──して、この里におられるはずの巫女は、いずこに?」
「……何者かに連れ去られた。生きていれば、外界にいるはずだ」
今度は現長達ばかりではなく、次期長の若人達も苦い表情を見せた。
「巫女がさらわれた? それはいつのことで」
「一年か二年前……だったか」
「そんな時間、捜索の者さえ出さなかったと?」
同盟が決定された直後に──それも情けを受けた上で──ここまで踏み込んだ発言をするなど、軽率にしか思えないだろう。
ただ、彼らとしては巫女の不在は死活問題なのだ。
風神の伴侶とも言える風の巫女は、人でありながら人ではない。この山に住む全ての者に中立的な立場を取る、謂わば神の使いなのだ。
戦力的な面もそうだが、彼女ならば利害に囚われず、自分達を守る──と、彼らは革新している。
人としてのティアを知らず、古くから隔絶され、伝承に残された巫女の偶像こそが唯一の認識なのだ。
「一族の者を捨て石にするわけには行かぬ。それに、外界の空気を吸った者は、もうこの里には戻れない……それは、一族の人間として知っているはずだが?」
ウィンダートは一切退かず、先ほどまでの譲歩姿勢とは打って変わる、威圧的な態度となっている。
それに怖じいたか、他里の代表が気圧されて唸るだけで、追及を続けようとはしなかった。
「とはいえ、俺達もただ見てたわけじゃねえ。分家は本家に代わって、捜索を請け負っていた」
他里の者のみならず、堅物の族長までもが、分家の予期せぬ発言に驚きを見せていた。
「ならば、その者は……成果はあったと?」
「行ってきたのは、俺のせがれだ。オイ、あの爺さん方に説明してやってくれ」
「なっ……! 分かった、だが期待はするな」
「おう、それ相応にな」
いきなり話を振られ、焦り気味な息子に対し、父親らしからぬ意地の悪い助兵衛な笑みを浮かべた。
「……外界で聞く限り、ティアは冒険者になっていた」
「冒険者……? まさか──」
「まるで伝説上のカルマと同じ……か? おそらく、あいつもそれを辿っているんだろう」
彼ら八人からすれば、巫女と言われて思い浮かぶのは、伝説上のカルマだけだ。
魔物の脅威に立ち向かうべく、彼女が多くの者達を説得し、山脈の一族が団結したことは史実の出来事。
その行為、意図も風神の使者としてのもの──と、彼らは解釈しているらしい。
「知っているなら、なんで連れ帰らなかったんだ?」と若者。
「あいつは外界で《放浪の渡り鳥》と呼ばれていた。人を助けるなどという馬鹿げた目的で、腰を据えずにあちこちを巡っている……そんな者を追えるはずがなかろう」
「なら──それで良く帰ってこられたな。成果も得られず、外界かぶれになるだけなって、帰って来たってことかよ」
明らかな煽りだったが、今のガムラオルスはいちいち挑発に乗るような、沸点の低い男ではなかった。
「俺には契約があった。だからこそ、そちらを優先したにすぎない」
「契約……なんだよ」
「そいつぁ、俺が説明するとするぜ。俺がせがれに課したルールは、里に危機が訪れようものなら、すぐにでも帰ってこいってもんだ。そん為に、手袋を渡していた──そこのガキ共は知らねぇだろうが、爺さん達は分かってるだろ?」
里を抜け、冒険者となった巫女。ティアはその伝説に符合していた。
そして、里の危機に際し、一族の人間として戻ってきた騎士。これこそが、ガムラオルスの在り方であった。
「だが、あんたらが不満っていうなら、分家が名誉挽回をしてやろうじゃねえか。このせがれをもう一回外に出し、巫女様を連れ戻させる……それができたら、もう文句はナシだ。いいな?」
「(親父、なんのつもりだ……)」
あまりに突飛な発言を繰り返す父親に、彼は明らかな困惑を抱いていた。
しかし、すぐさまその意図は明らかとなる。
「(ああ、そういうことか──要らぬ世話だ)」
彼だけに見えるように、父は親指を立て、ウィンクをしていたのだ。
かつて話したティアの件を、どうにかしようと考えていたのだろう。その結果がこれだというのだから、どれほど不器用なのかが知れる。
ただ、状況が状況となれば、その滑稽さにそれらしさが含まれる。魔物の襲来という異常事態に際し、これまた伝説の巫女をなぞらえた少年少女というのだから、信じずにはいられない。
「長い期間は与えられん。ガムラオルスよ、一月以内にティアを見つけ、連れ帰れ──族長としての命令だ」
「……俺が不在で、この里は立ち行くか?」
「心配は無用だ。いくら負傷者が増えたとはいえ、戦力はそれ以上に増している。それでも、一ヶ月以上は、変化が読めない……分かるな」
「ああ、なんとなくはな。だが、戻るまで一月もいらないな……」
彼がそう言った瞬間、ウィンダートは立ち上がり、奥の棚から手袋を取り出した。
見ただけで、何かしらの力を感じさせるようなもの……にもかかわらず、緑は鮮やかで、歴史の深い品のようには思えない。
「……伝承が正確であれば、これこそがカルマの使用した本物だ」
「そんなものが残っていたとはな」
冷静さを維持しようとはしているが、さすがの彼もこれには喜びを隠せず、声が上ずっていた。
伝説上の人物が身に着けていた装備、それが子孫の提示したものであれば、間違いなく本物だ。
そのような希少品を見ることも、受け取ることも、また自分が伝説の一部になることも、男ならば興奮を抑えられるようなものではない。
「託したぞ、ガムラオルス」
「ハッ」
受け取った手袋を一瞥し、彼は自身の証を隠すように、手袋をはめた。
長い時間を経ているはずだが、繊維には微弱ながらも強力な魔力の痕跡が刻まれている。
その痕跡ひとつが、生きている子供の放出する魔力に等しいというのだから、カルマがどれほどまでに凄まじい戦士だったかが分かる。
伝説の英雄の如く役割を受け、彼は一人、テントを出た。
松明の火は絶えず、里に光をもたらしている。ただ、空は人の都合も知らぬように、黒色の墨で染め上げられていた。
歩みは速く、疾く駆け、飛ぶが如く、第二の故郷とした外界へと下っていく。
里から遠退いてすぐ、周囲は闇に閉ざされていた。それでも、彼は託された願いを理解し、迷いなく走る。
……そして、麓が迫っていた頃、世界に光が差し込んだ。
日が昇り、遮り続ける雲さえも貫く薄明は、青年の旅立ち、使命を祝福しているように見えた。
「低き地から望む光を瞳に焼き付けた時、かの英雄はどのように感じ──クッ、くだらない悪癖が出たか」
他人事のように語っているが、ガムラオルスが想いを馳せた人物と彼は、そう遠い存在ではなかった。
なにせ、彼はその道を辿ろうと──いや、正統なる後継者を進ませるべく、道を均らそうとしていたのだから。




