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──ライトロード城内……。
件の戦闘のカタも付き、一時的な平穏が生まれだしていたのは事実だった。
だからこそ、今日ダーインほどの大貴族に召喚命令が行われ、護衛の一人もなく城内を歩くこととなった。
無論、それを指示したのはシナヴァリアであり、彼の説明を受けているだけに感情の揺らぎはない。
これが残る二つの大貴族であるならば、別々の理由で嫌悪感を示していたに違いない。
昼間でありながら、異様に人気のない道を進み、執務室へと入っていく。
真昼さえも霞む照明が照らす室内。それとは対照的に、不機嫌で陰気な表情をした男が座したまま、言葉の一つも交わさずに来訪者を睨んだ。
国家元首代行にして、光の国最高司令官の男。ただし、その容姿からは緑色という、この国の血を僅かにも交えていない要素が見られた。
国に従い、大きな成果を挙げているダーインではあるが、彼は善大王に連なる貴族などではない。
幾度か覗かせた顔から分かる通り、彼は正統王家に忠誠を誓う側の人間。故に、アルマとの接触は常に巫女としてではなく、正統なる姫への対応だった。
だからこそ、善大王への服従でさえ際どい行動だった。国防という正統な理由を用いても、彼が従える正統派の貴族らは不満を抱く。
それは愚かしさではない。故に、今こうして対峙する男を前にして、冷静な思考を揺るがすだけの感情が沸き立っていたのだ。
「この役割を私に?」
「頼めるのはあなたしかいない」
互いに話す予定が被っていたこともあり、数段飛ばしの問答でも十分に伝わっていた。
「……他国領の貴族と接触するなど……現状では早計な行動では?」諌めるような口調で言う。
「善大王様は、こうしている間にも他国との連携を模索している。我々としても、待つにとどまらず、同盟の動きを進めるべきだ」
「生贄ならば、ほかの二人でも替えにはなりましょう。軍への被害は、最小限に抑えるべきかと」
強く感情が表れだしてきたダーインだが、それも仕方のないことである。
なにせ、目の前の宰相が行わんとしていることは、自国領を売り払うに等しい行動なのだから。
それを善大王が──公式に認められた元首が行うならばともかく、有事に託されただけに過ぎない男が実行しようとしているのだから、ことは重大だ。
「危険性は承知しているつもりだ。しかし、他の二勢力に任せるのは危険と判断した」
「善大王様を支持する勢力に任せては? あちらであれば、私のような腹に一物ある者を使わずに済むかと」
「あなたは今、どう思っている? ……いや、問答は不要か。他所者が実権を握ることに、多少なれども不満を抱いているはず」
「自明のことであると思われますが?」
権力の差が存在しているにもかかわらず、ダーインは敬うような態度を含ませず、同等な相手──もしくは下か──と対峙しているような姿勢だ。
かの一戦、シナヴァリアは光の国に住まう者の性質を利用し、奇襲であったにもかかわらず勝利を収めている。
それはアルマの働きによるものではあるが、ここで重要なのはそこではない。
ライトロードの民は信心深いと同時に、絶対的な階級社会の影響を受けている。血統や地位が持つ影響力は、天の国の比ではない。
ともあれば、他国人種の国王代理に尽くす義理はなく、忠誠心が僅かにも存在しないことなど読めて当たり前の事態だ。
まさしく、一度は利用した性質が危機をもたらすものとなった、という状況である。
「(できる男であるとは認めるが、姫様を利用するような所業……この国を明け渡そうとする考え、看過できるものではない)」
伝令を受けた時点で、彼は承認するつもりはなかった。
だからといって、国家代表の命令を無視するわけにはいかず、最低限の義として訪れただけに過ぎない。
「その点、あなたは理性的だ。そして国家に忠実だ」
「……」
「おそらく、他の勢力はそれを理解していない。《教会》も《神皇派》も、国が瓦解した後を見るだけの視野がない」
ダーインを頂点とする正統王家派閥──正統派と称される──の貴族は血統や地位を重んじる者達が大半ではあるが、それは国への依存が強いことも示唆している。
それに対して、神への信奉を第一とする教会は国への関心が少なく、信仰対象や規模も相成って命令できるような勢力ではない。
善大王──つまりは現国王──を支持する神皇派は神や皇に従うという、中間の存在に思われがちだが、実情は違う。
神とはまさしく、教会も信奉する神のこと。そして皇とは、その神によって選ばれた善大王のことを指している……極端な解釈をすれば、教会と大差はない。
ただし、国に関与していく点から判断するに、まさしく貴族という権威主義者ではある。
こうして挙げてみると、シナヴァリアの選択がやむを得ない結果ということが分かるだろう。
得体の知れない教会、飽くまでも神に仕えているだけに過ぎないという神皇派、どちらの者も人間を見てはいないのだ。
……それこそが、ダーインを三席に据えた理由でもあった。




