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善大王は一人で魔物の撃破に成功し、その上でフィアを助けるべく、この場へと訪れた。
彼が戦闘を行える状態ではないのは明白。しかし、幸いなことに《皇の力》ならば動く必要すらない。
「善大王様!? まさか、どうして!」
「そんなことはどうでもいい。まずは、こいつを倒してからだ」
「そう……だね」
まるで正気を取り戻したかのように、フィアは《魔導式》を破棄した。
全てが起きなかったのと同じく、全てが同じまま。彼女はここで起きたなにもかもを、リセットしたのだ。
「……フィア、悪いな」
「うん。ライトが戻ってきてくれたなら、それでいいよ」
「なら、単刀直入だ。フィアは防御をしてくれ、あいつは俺が消す」
こうして話している間にも、魔物は攻撃の準備を終えていたのだ。
放たれた雷撃の柱は二叉に分岐し、敵対者と民間人の両方を一度で消滅させようとしている。
想い人の期待に答えようと、彼女は高速で展開した《魔導式》を起動させ、三発の光線を放った。下級であろうとも、この本数ならば軌道を逸らすことは容易。
ただ、命中したのは善大王と自分に向かってきていた方。町民を狙った攻撃には一切手をつけていない。
咄嗟に力を使い、白い光糸で彼らを守るが、これで攻撃の機会を失ってしまった。
「フィア!」
「どうしたの?」
「向こうの防御も任せたはずだ」
「……? なにかダメなの? ライトを殺そうとした人達なんだよ? 私達を苦しめることだけを生き甲斐に、それだけの為に用意された駒なんだよ?」
こうした言葉を笑みを浮かべながら言う。今の彼女は善大王に愛されていると感じながら、塵芥ほどの価値もない人間に、冷酷な対応ができるのだ。
裏切られたというショックが、ただでさえ脆い彼女の心を不安定にしている。
「……知っていた」
「?」
「あいつらが俺を利用しようとしていたことは……わかっていた。でも、俺はフィアがあいつらを信じたことを悪いこととは思わなかった」
全力で人間を消し去ろうとする魔物に対し、少女は善大王を、善大王は民を守ろうとしていた。
雷撃が来ると分かりながらも、フィアは民への攻撃を防ごうとはしない。確信犯であることは、善大王でなくても分かることとなった。
「善大王様! 巫女様は乱心を──」
「よく言う。俺とフィアをいいように使おうとした人間が、なんの権利を持って言える」
これには言い返せず、遠巻きから口を出した町長は黙り込む。
「俺を騙すことはどうでもいい……分かった上で乗ったからな。そうしなければ、お前達を守ることができなかった。魔物を見逃すこともできたが、そうすれば戦士連中が殺されていた」
家の中の者にも聞こえるように、彼は言う。
「フィアまで許せとは言わない。だが、こんな子供を利用するような……汚い真似はやめろ。子供は鏡だ。汚らわしい心を受ければ、それに相応しい姿になる」
自分でさえ、危険と分かっている力を、救うべき価値のない相手に使うのだ。
彼も、もはやその行為の真意を分かってはいない。フィアを救いたいのか、面目を保ちたいのか、本当に人を救いたいのか。
そして……救われる価値のないというのは、そうされる当人達も感じていた。
相手が騙されるだけの馬鹿者ではなく、分かった上で動いているのだと知れば、通常の論理が通用しなくなる。
「なぜ……」
「どうして、あの人は俺達を?」
町長だけではなく、外に出てきた町民の多くがそのような言葉を述べた。
人間としての損得勘定では捉えきれない、邪悪さえ救おうとする思考は、常識の範疇から外れているのだ。
「ライト、使わないで! あんな奴ら助けるだけ無駄だよ」
「この世界は信じるだけじゃどうにもならない。でもな、信じて生きたほうがよっぽど楽だ」
「こんな風に……いいように使われても、そんなことが言えるの!?」
ブラウンの髪が風に揺れ、視線が下方に向けられるが、それでも彼は右手を伸ばす。
「今言ったのは人生を楽しく生きる知識だ。だが、助けた本当の理由はな──」
迫り来る攻撃を見ながらも、怖じいずに彼は叫んだ。「フィアの信じたものを嘘にしたくないからだよ! 《救世》」
白き光は、まるで彼に内在する合理性と相反するように、弱き者達を守ろうと伸びていく。
輝く紋章、手のひらを起点として広がっていく白を見つめながら、善大王は小さな恋人へと返した。
「子供は鏡、って言ったな。でも、生きている限り誰もがそうと言える。他者を利用し続ければ、自分もそうされるのではないかと恐ろしくなる」
「……」
「なら、誰もが信じてくれると思いこみ、そうなるように努力した方がいいとは思わないか?」
この考え自体は、彼のものだった。ただ、うまく行かないと分かり切っているからこそ、論理としての理解に止めている。
とても有用であると分かっても、多くを知りすぎた彼は本心から行うことができないのだ。
そう言う意味では、善大王はフィアにそうなることを望んでいるのかもしれない。彼が子供を好むのも、そうした根拠のない信頼ができる時期だから……なのかもしれない。
フィアは納得しなかった。
だが、理解はしていた。
攻撃対象を定めた魔物は、優先排除対象と位置づけた善大王に電線虫を放つ。
彼がこの攻撃方法を見ていない、そう判断したからこその手だが、町への攻撃は変わらずに電気によるものだ。
派手な雷光に混じらせ、必殺の一手を届かせる。
善大王が自身の防御をせず、他者を守っていることを観察した上での対策……そう思えるような戦術だ。
そんな状況でも彼は笑みを浮かべ、右手を構えることもなく、導力の充填を開始する。
町の四分の一を焦土にしかねない一撃が、戦いを見守る者達の天井で輝いた。




