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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
513/1603

7

 善大王は一人で魔物の撃破に成功し、その上でフィアを助けるべく、この場へと訪れた。

 彼が戦闘を行える状態ではないのは明白。しかし、幸いなことに《皇の力》ならば動く必要すらない。


「善大王様!? まさか、どうして!」

「そんなことはどうでもいい。まずは、こいつを倒してからだ」


「そう……だね」


 まるで正気を取り戻したかのように、フィアは《魔導式》を破棄した。

 全てが起きなかったのと同じく、全てが同じまま。彼女はここで起きたなにもかもを、リセットしたのだ。


「……フィア、悪いな」

「うん。ライトが戻ってきてくれたなら、それでいいよ」

「なら、単刀直入だ。フィアは防御をしてくれ、あいつは俺が消す」


 こうして話している間にも、魔物は攻撃の準備を終えていたのだ。

 放たれた雷撃の柱は二叉に分岐し、敵対者と民間人の両方を一度で消滅させようとしている。


 想い人の期待に答えようと、彼女は高速で展開した《魔導式》を起動させ、三発の光線を放った。下級であろうとも、この本数ならば軌道を逸らすことは容易。

 ただ、命中したのは善大王と自分に向かってきていた方。町民を狙った攻撃には一切手をつけていない。


 咄嗟に力を使い、白い光糸で彼らを守るが、これで攻撃の機会を失ってしまった。


「フィア!」

「どうしたの?」

「向こうの防御も任せたはずだ」

「……? なにかダメなの? ライトを殺そうとした人達なんだよ? 私達を苦しめることだけを生き甲斐に、それだけの為に用意された駒なんだよ?」


 こうした言葉を笑みを浮かべながら言う。今の彼女は善大王に愛されていると感じながら、塵芥(ちりあくた)ほどの価値もない人間に、冷酷な対応ができるのだ。

 裏切られたというショックが、ただでさえ脆い彼女の心を不安定にしている。


「……知っていた」

「?」

「あいつらが俺を利用しようとしていたことは……わかっていた。でも、俺はフィアがあいつらを信じたことを悪いこととは思わなかった」


 全力で人間を消し去ろうとする魔物に対し、少女は善大王を、善大王は民を守ろうとしていた。

 雷撃が来ると分かりながらも、フィアは民への攻撃を防ごうとはしない。確信犯であることは、善大王でなくても分かることとなった。


「善大王様! 巫女様は乱心を──」

「よく言う。俺とフィアをいいように使おうとした人間が、なんの権利を持って言える」


 これには言い返せず、遠巻きから口を出した町長は黙り込む。


「俺を騙すことはどうでもいい……分かった上で乗ったからな。そうしなければ、お前達を守ることができなかった。魔物を見逃すこともできたが、そうすれば戦士連中が殺されていた」


 家の中の者にも聞こえるように、彼は言う。


「フィアまで許せとは言わない。だが、こんな子供を利用するような……汚い真似はやめろ。子供は鏡だ。汚らわしい心を受ければ、それに相応しい姿になる」


 自分でさえ、危険と分かっている力を、救うべき価値のない相手に使うのだ。

 彼も、もはやその行為の真意を分かってはいない。フィアを救いたいのか、面目を保ちたいのか、本当に人を救いたいのか。


 そして……救われる価値のないというのは、そうされる当人達も感じていた。

 相手が騙されるだけの馬鹿者ではなく、分かった上で動いているのだと知れば、通常の論理が通用しなくなる。


「なぜ……」

「どうして、あの人は俺達を?」


 町長だけではなく、外に出てきた町民の多くがそのような言葉を述べた。

 人間としての損得勘定では捉えきれない、邪悪さえ救おう(・・・)とする思考は、常識の範疇から外れているのだ。


「ライト、使わないで! あんな奴ら助けるだけ無駄だよ」

「この世界は信じるだけじゃどうにもならない。でもな、信じて生きたほうがよっぽど楽だ」

「こんな風に……いいように使われても、そんなことが言えるの!?」


 ブラウンの髪が風に揺れ、視線が下方に向けられるが、それでも彼は右手を伸ばす。


「今言ったのは人生を楽しく生きる知識だ。だが、助けた本当の理由はな──」

 迫り来る攻撃を見ながらも、怖じいずに彼は叫んだ。「フィアの信じたものを嘘にしたくないからだよ! 《救世(セイヴァーリパルス)》」


 白き光は、まるで彼に内在する合理性と相反するように、弱き者達を守ろうと伸びていく。

 輝く紋章、手のひらを起点として広がっていく白を見つめながら、善大王は小さな恋人へと返した。


「子供は鏡、って言ったな。でも、生きている限り誰もがそうと言える。他者を利用し続ければ、自分もそうされるのではないかと恐ろしくなる」

「……」

「なら、誰もが信じてくれると思いこみ、そうなるように努力した方がいいとは思わないか?」


 この考え自体は、彼のものだった。ただ、うまく行かないと分かり切っているからこそ、論理としての理解に止めている。

 とても有用であると分かっても、多くを知りすぎた彼は本心から行うことができないのだ。


 そう言う意味では、善大王はフィアにそうなることを望んでいるのかもしれない。彼が子供を好むのも、そうした根拠のない信頼ができる時期だから……なのかもしれない。


 フィアは納得しなかった。

 だが、理解はしていた。


 攻撃対象を定めた魔物は、優先排除対象と位置づけた善大王に電線虫を放つ。

 彼がこの攻撃方法を見ていない、そう判断したからこその手だが、町への攻撃は変わらずに電気によるものだ。

 派手な雷光に混じらせ、必殺の一手を届かせる。

 善大王が自身の防御をせず、他者を守っていることを観察した上での対策……そう思えるような戦術だ。


 そんな状況でも彼は笑みを浮かべ、右手を構えることもなく、導力の充填を開始する。

 町の四分の一を焦土にしかねない一撃が、戦いを見守る者達の天井で輝いた。



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