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大空のフィア  作者: マッチポンプ
前編 七人の巫女と光の皇
51/1603

5

 ここは聖域内ではないらしい。周囲は暗いが、それは闇の国全体に言えることなので夜とは断定できない。

 焚き火の熱に当てられ、俺は起き上がる。


「あんたは? 俺はなぜ倒れていた」

「……やはり、意識はなかったか。私はムーア、闇の国に所属している人間……そして、《選ばれし三柱(トリニティア)》だ」


 それを聞いた途端、胃が握りしめられるような感覚に陥る。


「お前が暴走していた原因はこれだ。安心しろ、触っても影響がないように封印をしている」


 投げられたベルトを受け取るが、それが誰のものなのかが全く分からなかった。

 俺が使っていたのか? だが……いや、どこかで見たような気も。


「なぜ、こんなベルトだけで暴走したんだ」

「どこでこんな物を手に入れたかは知らないが、これは《二十二片の神器》の一つ、《聖魂釘》という道具だ。強大な力を持ち、一個でも世界を混乱させる力を持っている」


 こんな釘にそんな力があるのか?


「お前を正気に戻す為に使ったのが、この《邪魂面》。相手に精神攻撃を行うことができる神器だ」


 幻術などとそう大差ないようにも思えるが、世界を混乱させるというからには強力な効果を持っているのだろう。


「その神器とやらは、暴走能力で世界を混乱に陥らせるのか?」

「違うな。これは本来、持つべき者が持っていれば何も起きない。ただ強力な道具という程度だ。しかし、適応しない人間が持てば――己の中の欲望に支配される」


 言われてみれば、意識が曖昧だった時には殺意だけが俺の身に満ちていた気がする。この神器の影響だったのか。


「あんたに攻撃したと思う……悪かった」

「お前が謝ることではない。神器が一般人の手に渡ったという状況が悪い」


 そこまで言うと、ムーアは一呼吸置き、俺の方を見てきた。


「だが、聖域に足を踏み入れた件は見逃せない。お前を城に連行する」

「ッ……それはだな」


 何とかしてその場から逃げようとした時、背後から光属性の魔力を感じた。


「こんばんは、ムーアさん。お仕事の最中ですか?」


 聞き覚えのある声に、俺は驚愕する。


「白殿か。その通り、仕事中だ」

「えっと――その人は?」

「聖域内にいた。不法侵入の罪で城に連行していくところだ」

「あっ、申し訳ありません。私が聖域呼びました」


 全く身に覚えのない話だ。もしかすると、白は俺を庇おうとしているのか?


「なぜそのようなことを……だが、罪は罪だ」

「ここは私の顔に免じて見逃してはくれませんか?」


 二人はしばらく見つめ合った後、ムーアがしびれを切らしたように視線を逸らした。

 懐から紙を取りだすと、何かを書いて白に手渡す。


「切符は切っておくぞ」

「ありがとうございます」

「何を感謝している。罪は罪だ……では、後は任せた」


 去っていくムーアに手を振って見送る白を見て、俺は一つの確信を得る。


「お前、闇の国に仕えていたんだな」

「ええ、そうですよ。具体的に言えば、夢幻王様の側近、ですかね」


 どうやら俺はとんでもない奴と知り合いになってしまったらしい。こいつが愛国心を持っていれば、即刻逮捕されていたことだろう。


「なんで俺を庇うような真似をしたんだ?」

「それはですね――私が善大王さんに興味を抱いていた、からですかね」

「おう、そうなのか……って、なんで知っているんだ」


 白は白々しい笑みを浮かべ、服を指さす。


「その法衣を身に纏っているのは善大王くらいですよ」

「あっ、なるほどな……」


 知らない奴も結構多いので忘れかけているが、これでも十分身分証明になっているのか。


「自分の命を賭けてでも、人を――いえ、世界を救ってみせた善大王さんを尊敬していましたから……ずっと昔から」


 こいつは、一体なんのことを言っているのだろうか。

 確かに、俺は四年前に光の門で幼女を救ったことがある。しかし、それをこいつが知っているとは思えない。

 その上、世界を救ったことはない。誰かと勘違いしているのか?

 いや、そもそもずっと昔からというのもおかしい。俺が善大王になったのは数か月前、こいつの言い方からしてそんな少し前のことを言っているとは思えない。

 だとすると、俺が聖堂騎士の時代――はありえないので、冒険者時代のことを言っているのか? それにしてもやはり変だ。


「質問、よろしいでしょうか?」

「ん、ああ……構わない」


 助けてもらったことは事実だ。ここは男として恩義に報いておこう。


「自分の選択が世界の命運を握っているとして、あなたならばどうしますか?」


 唐突な問いだ。


「……何かのたとえか? 少し壮大すぎる気はするが」

「できれば、質問に質問で返してほしくはありませんね。では、たとえを変えてみましょう……そうですね。親友を殺せば世界を救える、そういう状況ならどうでしょう」


 今度は随分明確な質問だ。

 しかし、それにしても世界だのなんだの、こいつの言い分は全て誇張されている気がする。いくら信心深い聖堂騎士でも、ここまで大きな話をする奴はそうそういない。

 今はとりあえず返答を考えるか。……いや、考えるまでもないな。


「俺なら、両方を救う。親友を殺さず、その上で世界を救う」

「善大王さんはとても理想的な絵空事を言う人ですね」

「できるものならば理想的なのが一番だ。それができないから、人は妥協してそれに近づこうとする。まぁ、俺の場合はその妥協ができないんだがな」


 そこまで言うが、これは飽くまでも俺の私見。答えとして不足していることは分かっていた。


「――が、それが出来ないって状況なら、そうだな……自分の命を賭けてでも、親友と世界を救うだろうな。自分の命が代わりになれば、だが」

「自分の命を引き換えに……ですか」

「ああ、俺は誰かを犠牲にした上の平和なんて嫌だからな。いや、それは綺麗事か。実際は知っている、親しい奴の死を良しとできないだけだ」


 言ってしまえば、知らない奴がどうなろうとも知ったことではない。だが、知っている奴だけは何としてでも生き残らせる。

 とても人間らしい、利己的な考え。


「なるほど、そうですか。ありがとうございました」

「役に立ったかは分からないが、とりあえずこんなところか」

「……どうです、夢幻王様に会っていかれては」


 偵察の失敗をした上で会いに行くなど気まずい他ないが、誘われているならば行ってみるのもいいかもしれない。

 白は俺を突きだそうとしているようには思えない。ならば、緩衝材となりうる奴がいる内に、悪の大王の面を見ておいてやろうじゃないか。


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