弱き本性 恐れぬ本能
──光の国、東部戦線……。
一人、テントの並び立つ陣営内を歩き、銀色の髪を揺らしながら進んでいた。
とはいえ、揺れているのは前髪や頭巾──戦争に対応しているのか、ケープやローブのような長さだ──に収まりきらない、毛先に限ったこと。
ハーフエルフとしての要素をみる者のはなく、知る者もいない。もし気付かれたとて、この状況ならばさほど驚くこともないだろう。
ただ、そんな彼女の前に一人の男が立ちふさがった。ひどく不機嫌で、相手を威圧するような表情をしたまま、その場から退こうとはしない。
「こんにちはー」
「姫、できればお休みしていただきたいのですが」シナヴァリアは言う。
「大丈夫だよー。あたしだって、みんなの為に頑張りたいんだよー」
とはいえ、お姫様が何かをしているようには見えない。
それ以前に、魔物を退ける為の戦いは終わっており、負傷した者達の治療でさえ完了している状態だ。
「姫様、あなたは貴重な戦力なのですよ。どうか、立場のご理解を」
「……」
悲しそうな顔をするアルマを前に、冷血宰相は温情をかけようとしてしまう。子供としての自由を許し、構成員として見なさないように、と。
ただし、こればかりは譲れないことだと、被りを振る。否定ではなく、頭の迷いを、合理的ではない感情を払うように……。
それもそのはず、戦いは終わったと考え、派兵していた貴族は帰還命令を出していたのだから。
それ自体は問題ではなく、臨時司令官──千単位の戦力を保有する、上位の貴族だ──が要求を受け入れ、すぐさま出発させたのが間違いだった。
アルマや一部の探知者は魔物の気配を読み──アルマでさえ、断定できないほど微弱なものだ──存在を認知していたのだから。
少しでも話し合う時間を含んでいたのであれば、このような状態には陥らなかった。
だからこそ、いつ襲来するかも分からない敵を迎撃すべく、万全の状態であることは必須条件となっている。不足を補うべく、アルマでさえ前線に立つほどだ。
理屈で納得させ、笑顔を曇らせることになろうとも、心を鬼にしなければならなかった。
「こちらに残っている兵は、規定数の半数にさえ届いていません。ですので、余裕を持たなければもしもという状況に……」
「あたしは大丈夫だよー! それよりも、シナヴァリアさんの方が心配だよぉ」
「……善大王様の代役としては不足ですが、それでも心得ているつもりです」
自分の緊張が通じてしまったか、と反省しているが、彼ほどの男が相手に内面を悟らせるような失態を起こすことはない。
そう、フィアのように論理も法則もない者を除いて。
「だって、寝てないんだよね?」
「いえ、意識は十分に明瞭ですが」
「もーっ! あたしだって分かるよぉ! だってシナヴァリアさん、顔怖いんだもん」
「それは生まれつきです」
姫に変わりがないというのは、良くも悪くも安心感をもたらすものだ。
魔物の接近を認識しながら、戦争が始まりながらも、常にある日常ほどありがたいものはない。
「では、お言葉に甘えさせていただきますよ。姫様もご無理をなさらぬように」
「……一緒にねむねむする?」
より姿勢を落とし、右耳が右肩に寄り添おうとしているかのように、赤い頭巾の少女は仏頂面の宰相の顔を上目遣いに見つめる。
最初こそは冗談や阿呆な反応かと思ったようだが、彼女は至極真剣だ。
見つめた顔、魔力、体の動かし方から疲労を読みとっている。常に医療現場に立ち、看護婦のように患者の観察を怠らない彼女だからこそできた芸当だ。
この事態、緊急を要する戦力の調達に先立ち、シナヴァリアは一人で戦線にまで訪れた。今回は本当に助けがくるというのだから、そこまでする必要性はない。
だが、万が一に備えるという慎重さ、堅実さから、無理をしていたのだ。
一度は指揮だけで対処できた、という経験が促進させる要因となったのかもしれないが。
「気をつけさせていただきます」
「本当に大丈夫?」
「はい」
眠るつもりはなく、休むつもりもない……そう考えていた彼だが、もはやその発送は存在していないようだ。
アルマに一礼をし、その場を立ち去っていく宰相の背に手を振り、改めて目的地に向かって歩き出した。




