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俺は朦朧とした意識の中、無数の《魔導式》を展開して暴れまわった。
狂ったような欲望の奔流に押され、理性などを働かせる暇はなかった。
ライムを――いや、誰でもいい。殺せればいい、この空白を埋められさえすれば。
「ッ! 何者だ!」
男の声が聞こえる。ようやく、殺せる相手が現れたか。
俺の欲求に応えてか、腰に巻かれたベルトから釘が抜け、意思を持っているかのように男の元へと向っていく。
「神器ッ!?」
藍色とも紫色とも言える髪をした、中年と壮年の中間と思われる男。闇の国の人間か――いや、獲物だ。
飛んだ釘は地面に刺さるが、俺が殺すという考えを示すだけで、自発的に俺の元へと戻ってくる。
この釘を投げる毎に、体の中に力が満ちあふれていき、充足していく。
「お前は何者だ! なぜ神器を持っている」
「うぅ……ああぁああああああああ!」
「神器に喰われている……か」
男は釘の軌道を読んで回避していくが、随意的に飛ばせるそれが簡単に避けられるはずがない。
直進だけではなく、急速旋回からの方向転換。縦横無尽に三十本の釘が舞う。
釘が空を裂く度に俺の意識は繋がっていき、動きも高度になっていく。そうすると、男も次第に回避できなくなり、何発もの釘が体を貫いた。
「止むえない……ここで止めるッ!」
男は一対の角が生えた髑髏の面を被った。
刹那、俺の頭の中は空白に包まれる。
先程まで体を満たしていた殺意が消えていき、感情までもが消えていき、全てが消滅していく。
消失の海の中、俺は何かを探すように手を泳がせ、何かを掴むかのように無を握った。
『ここ、私のお気に入りの場所なの。人を連れて来たのは……始めてかも』
今も胸に残っている、世界で一番美しい虹。
静止した世界の中、俺は虹を見ていた。隣には、金色の髪をした幼女がいる。
フィア。一人ではあの状況から逸することができない存在。
誰かが守らなければ壊れてしまう存在。
止まった世界を見ていた俺は、次第に自分が何をすべきかを思い出していく。
俺は、こんなところで立ち止っている場合ではない。早く、彼女を救いださなければ。
ゆっくりと視界が揺れ、虹は消えていく。これもまた、幻だったんだな。
何度か瞬きをする。うっすらとした橙色の炎が目に映り、俺が現実に生きていることに気付く。
「ようやく起きたか。……早速聞かせてもらう、お前は何者なんだ」
声のした方を見ると、藍色とも紫色とも言えるような髪の色をした男が座っていた。