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「よっ」
静かに頭を下げてきたフィアを見て、俺はビフレスト王の目がないことを確認してから、彼女の頭を軽く叩いた。
「あんまり無理すんなよ。俺が善大王って名乗る前のお前はもっと気楽だったろ?」
「ですが……」
「子供は子供らしく、変に気取る必要はないんだ」
そう言い終わると、俺はフィアの手を強引に掴み、引っ張った。
「あっ、あの……」
「遊びに行くぞ――外に」
その言葉を聞いた途端、フィアの瞳に光が宿る。
「外っ……でも、お父様に禁じられて」
「そのお父様から了承をもらってきている。お前はただ、子供らしくついてくればいいだけだ」
遊ぶ場所を考え、俺は近くの森を選んだ。下手に人の多いところに行って事件にでも巻き込まれれば、それこそビフレスト王からの叱責も免れない。
魂の抜けた人形のような雰囲気だったフィアは、外に出た途端に目を輝かせ、いろんなものを触りだした。
「草木に触るなんて、久しぶりかも……」
「そうなのか? それにしても……何して遊ぶ? 俺としては――」
抱かせてくれ、と言いかけるが、フィアはそれを遮ってきた。
「善大王様の話を聞かせてほしい、かな」
俺は微笑み、木に背を預けると自分の過去を語りだした。
俺の生まれ、冒険者時代の武勇伝、聖堂騎士時代のこと、そして……善大王となる儀式でのこと。
「いや、あの時は死ぬかと思ったぞ。これでも鍛えている方だと思ったんだがな」
「……ごめん、なさい。私も……あなただって気付けなかったから」
「はぁ……やっぱり、そうだったか。どっかで見たことがあるような気がしてたんだよな」
詰まるところ、この子が天の巫女だった、ということらしい。運命の巡りあわせは皮肉なことだ。
通りで、アルマちゃんがフィアの名前を出していたわけだ。同じ巫女だからこそ、面識があったんだろう。
「ばーか。怒っちゃいないって、ただびっくりしただけだ」
「そう……なの? 怒って、ないの?」
「ああ。それに、フィアみたいに可愛い子がキスしてくれたってだけで満足だ」
今度は頬を紅潮させた。凍りついた心を、少しだけでも溶かすことができたんだろうか。
「フフッ、あなたがいい善大王で良かったわ」
「はは、悪い善大王がいるのか?」
冗談のように言ってみせると、フィアは真剣な顔つきになる。
「あなたと同じ皇……夢幻王は危険な男だったのよ。強い欲望を持っていたから、何をするか分からない」
「夢幻王が戦争するなんてお伽噺だろ?」
「そうかもしれない。でも、あなたみたいな皇がいてくれれば大丈夫かもしれないわね」
決して悪い気分はせず、俺はにんまりとした。なんというか、天の巫女から直々にそう言われると、改めて善大王になったって気がしてくる。
しかし、突然フィアは顔を青ざめさせた。
「ちょっと、ここで待っていてもらっていい?」
「あっ、そうか。分かったよ」
茂みの奥に向ったフィアを見送ると、俺は深呼吸をして目を閉じた。
鳥のさえずり、木漏れ日、木々のざわめき。こんな穏やかな時間を過ごしたのは何年ぶりだろうか。
聖堂騎士として働いていた時代。善大王になってからの色々、俺がのんびりしていていられた時代なんていうのは、それこそ子供の時くらいだ。
「きゃあああああ」
遠くから叫び声が聞こえてきた時点で俺は駆け出した。
迂闊だった。いくら見られるのが恥ずかしいだろう状況だろうとも、彼女は要人なのだ。安易に目を離すべきではなかった。
俺に音を聞かれたくなかったのか、近くにフィアはいなかった。可能な限り、最大限の速度を出し、俺は音の根元へと向っていく。
そしてある茂みを越えた時点で、ついにフィアの姿を見つけた。そこには、予想した通りに人相の悪い男が追加で立っていた。