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──水の国、北西部……。
瞬きを繰り返し、彼は回想していった。
記憶が正しいか、意識が鮮明か──さらにいえば、誰の接触に対しても正確な判断を下す為だ。
意識を失った後、消えかけた命の灯火が再点火し、ディードは揺れの激しい場所で覚醒した。
それこそ、走馬灯の類とさえ思っていたらしく、そこでの会話は非常に曖昧だ。
自分を拾い上げたのがバロックであり、あの場から逃れることに成功し、そして──。
思考はこの時点で終了し、彼は平然と起き上がった。考えているうちに、自分の傷が治っていることに気付いたのだ。
気付いて早々、死したはずの副官が発した言葉の意味を理解する。
「あら、お早いお目覚めで」
「巫女様……」
「お久しぶりですわね。ご機嫌は──」
「おかげさまで、万全ですよ」
かなりの速度で理解したが、ライムは驚きを見せない。彼ならば、それを容易をこなせると分かっているからだ。
「事のあらましは理解していまして?」
「わたしは死にました。そして、死んだはずのバロックに回収され、巫女様の力で回復した……でしょうか」
「動転していますの?」
「巫女の力の一種かと」
彼の言い分は誰が聞いてもおかしい。ただ、それがほとんど事実だったのだ。
「訂正をしていきますわ。あなたが死んでいない、そして副官の方も死んでいませんの。最後の点については……正解ですわね」
「……? わたしはともかく、バロックは──副官は死んだはずでは?」
そう言った瞬間、ディードは正気を取り戻し、あの場面を完全な形で思い出す。そして、吐き出した。
しかし、出てきたのは胃液だけ。吐き気は消えず、食道の焼け付くような痛みが苛む。
「同胞を思い遣る心がけは非常に素晴らしくてよ。でも、そのように吐き出されては、戦争を生き延びることは……」
言いかけた時、テントの布を開け、男が入ってきた。
「ディード、調子は──」
「バロック!?」
えづきながらも、彼は自身の副官を忘れてはおらず、声を聞いた途端に顔を見やった。
そこには傷ひとつない、当時のままのバロックが立っていた。
「隊長、巫女様の前で見せる顔じゃあ……ないよな」
「そ、そうか」
冷静さを取り戻し始めたらしく、彼は受け取った布で口周りを拭い、汚した掛け毛布と一緒にまとめる。
異臭が強いということもなかったが、来客が来客ともあり、外に出されることとなった。
部隊の様子を確認するよりも優先し、ディードはライム、そしてバロックへと問いを投げかける。調子が戻り、気力が充填されたのだろう。
「どうしてわたし達は生きているのですか」
「お二人とも死んでいないのですから、それが当たり前かと」
「わたしは本気で──」
「ディード、落ち着けよ。俺はあの場にいなかった、お前は瀕死ではあったが、生きていた。それだけじゃないか」
一度は納得しかけ、隊長らしく落ち着きを取り戻そうとしたが、すぐさま疑問が浮かび上がる。
「あの場にいなかった……?」
「ああ、巫女様から頼まれて──そう、俺が死んだところまでは覚えている。だが、あれは俺じゃなかった」
余計にわけが分からなくなり、ことの発端となった巫女へと──物事をはぐらかしそうな少女へと向きを変える。
「どういう、ことですか」
「先遣部隊があの場を突破できるとは思っていなかった……と言えば、満足ですの?」




