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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
494/1603

2F

 ──雷の国、ボルスト郊外……。


 狐面の少女は敵国の存在を認識し次第、すぐさま攻撃を開始した。

 詠唱もなく《魔導式》を機動させ、落雷が何本か降り、人間の命をゴミのように焼き払う。

 どんな相手だろうとも、自分に勝つことはできない。それが魔物ではなく、人間ならばなおのこと──そう考えているだけで、彼女に罪悪感はなかった。


 遊びのない殺戮に意識を奪われ、敵兵は止まっている。硬直し、逃亡さえできずにいる。

 少女は落胆したような声を漏らすが、それを拾う者はいない。誰もが雷鳴を彼女の声と知り、まき散らされる雷火こそが干渉(コミュニケーション)と認識しているのだから。


 そんな中、一人だけ接近を敢行する。護衛すらつけず、制止を押しのけるようにして、無謀でしかない戦いを挑むのだ。

 自国の兵は射程外で戦闘を行っている。

 そう考えると、近づいてくる男だけが唯一、彼女に歩み寄ろうとしている風にも見えた。


 もちろん、両者が介するのは互いの命であり、触れた時にどちらかが死ぬ。これが愛だとすれば、すさまじく悲劇的ではないか。


 警備軍は支援に入ろうにも、彼女の射程内に収まった瞬間、容赦なく殺されると分かっているだけに手を出さない。

 あえて応戦せず、たった一人の男を迎え入れた狐面の少女は、見えないと分かりながらも口許を歪めた。


 二尾の名に相応しく、首元から伸びるそれは紫色に帯電されており、接触が死を生み出すことを視覚だけで認識させる。

 意志を持ったように、感覚が通っているとしか思えない紫の尾は男の首を狙った。


 瞬間、彼女は奇妙さに気付き、残していた一本を袈裟のようにした。即席の防御でしかないが、物理攻撃を禁じる強力な罠でもある。

 襲いかかってきたのは、藍色の衝撃波。斬撃の性質を持つそれは、間違いなく闇ノ三十四番・解鋸(リップソー)だった。


 展開の認識さえできなかった事実に驚く一方、少女は愉快に思ったらしく、声もなく肩を揺らした。


「化け物が……っ」


 化け物、という単語が出されると、攻撃の勢いが──尾を纏う紫電が鋭さを失う。


 その奇跡的な隙を逃さず、藍色の髪の男は肩に吊っていた重槍を構え、そのまま突き出した。雷撃の防御が残りながらも、それを突破できるという自信があったのだろう。


 尾と穂先が衝突し、周囲に余波の如くスパークが散っていく、互いは拮抗の末に弾き飛ばされた。

 打ち負けると思っていなかったのは、なにも雷獣の方だけではない。両者が予期せぬ現象と思い、次の攻撃へと移らずに睨みあった。


 闇の国の男は恐れ、敗北の可能性を読んで固まった。

 対して、雷獣は強敵を前にし、どのように勝利するかを考えていた。


 大番狂わせこそ起きたが、依然として有利不利に変化は現れていない。いや、それは変わったとも言える……勝利敗北のニ択に。


 激しさを増す両尾の電撃は、ふっと消え去った。

 橙色の被毛が明らかとなり、防御の崩壊を感じ取った瞬間、男は体の感覚で突きを放った。

 放った……放ったが、腕が固まり、穂先が子供の体を穿つことはなかった。今度の硬直は彼の意志ではなく、無意識に発生したものだ。


 そこに見えたのは、藍色の光──藍色の太陽だ。

 光輪の如くそれは、間違いなく闇属性のはずだった。だが、闇属性がここまでの輝きを放つはずがないと、肉体が恐怖していたのだ。


 光円の内より、人の五指を思わせる先端が現出し、何かが這いずり出てくるのではないか……誰もがそう予想した。

 そうした現象の真下に立つ二人。雷獣と敵国の男は空を見上げたまま立ち止まり、その瞬間を待っているかのように、何一つ行動をしようとしなかった。


 幾度か男が瞬きをすると、それまで張りつめていた緊張の糸が切れたらしく、腰を抜かしかけながらも戦闘態勢を取る。


「なんだ……なんだったんだ、あれは」


 藍色の太陽は消えていた。指のような何かが生え出そうとした時、まるで負荷が限界を越えたかのように、弾けて消滅したのだ。

 エネルギーであり、光でしかないはずのそれは金属の板を彷彿とする動きで、幾度も上下左右に撓みながら散った。


 自身らが幻術を得意とする闇属性であることさえ忘れ、幻や幻覚の類ではないかと疑い出すが、間近で目にした男だけはそうとは思っていなかった。


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